星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 蜥蜴の男

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 その男が現れたとき、<玩具>は目を奪われた。

 男、とは言ったが、その前には恐らく「たぶん」という言葉が必要だろう。なぜならその相手の頭部は、あまり見慣れない形状をしていたからだ。
 しかしもちろん<玩具>とて、奇妙な客人を見ることはこれがはじめてではなかった。
 今日び自分のようなほぼ完全な人間型ヒューマノイドは少ないし、すでにこの世界にはまことにさまざまな形状の体をした人々が存在するからだ。

 体毛が異様に濃かったり、その毛皮に豹のような模様が刻まれていたり。あるいは、その頭部に何かの哺乳動物のものと思われる耳がついていたり。はたまた自分の主人あるじのように、爬虫類の特徴を色濃くその体に刻まれていたり。
 それらはすべて、この過酷な宇宙で人類が生き残るため、ほかの生き物の形質を遺伝情報に混ぜ合わせることによって可能になったのだという。

「ふむ。依頼人にまことのかおを見せたことがない、という噂は本当のようであるな」

 主人あるじが例によってぐふふ、とくぐもった笑声をあげた。
 今のゴブサムはいつもそうするようにして、天井がすべて窓になっただだっ広い応接の間で、豪奢な椅子に脂肪まみれの体を沈みこませている。部屋の隅には四、五人ほどの姿のまちまちな彼の手下の者らが、あるじの警護のために立っていた。皆、目立ってはいないがそれぞれに武装した手練てだれの者たちだ。
 ゴブサムはその蜥蜴にそっくりの双眸で、十メートルほど先のつるりとした床の上に立っている客人を先ほどからじろじろと観察している。

「恐れ入ります」

 主の視線の先では、まるでどこかのバーテンダーのような姿の奇妙な人物が立っていた。ごく軽く、こちらに向かって会釈している。
 白いシャツの上に、体のラインにぴたりとそった黒いベストとスラックス。品のいいタイを少し緩めに締めている。体格は、<玩具>のそれよりは幾分がっちりしているが、全体にすらりと見えるのはその背の高さと、ひきしまった筋肉によるものだろう。
 そうだ。「彼」は背が高かった。
 しかし、それは彼の頭の部分の特異さによるところも大きかった。
 
「とはいえ、こちらが自分の、でございますので」

 答えた声はごくしれっとしたものだったが、その奇妙な被り物に遮られていてもなお、柔らかくて低い男のものだというのがはっきり分かった。
 男は頭に、その相貌をすっぽりと覆い隠すようにして、大きな鷹の頭をつけていたのである。
 しかし一見して、それは本物の頭のようにも見えた。なぜならその鷹の目は、理知の光をともしてしっかりとこちらを見ているようだったからである。
 <玩具>は、なぜか自分の胸の奥に、鋭い痛みを感じて手を当てた。

(……なぜ)

――なぜこれほどまで、自分の胸は奇妙な音を立てるのだろう。

 <玩具>には、その理由は分からなかった。しかし、分からないにもかかわらず、そのおかしな被り物をした男から目をそらすことができなかった。

 主人たちの話をつらつらと聞いているに、彼はいわゆる裏稼業の人間のようだった。
 ゴブサムとその一族は、合法の商取引以外にも常に多くのそれ以外の取引を抱えている。それらの事業をこなすため、各方面にこうした裏方の仕事を引き受けてくれる伝手つてを持っているというわけだ。
 男はそれらの伝手の中でも、当代きってのやり手だという話だった。

「確か、二人組だとか聞いておったのだがな。もう一人は来んのかね」
「とんでもない。御前の前に二人して現れるなど、とてもとても。恐ろしくてできるものではありませんよ」

 鷹の男はあるじげんを軽く笑って――それはもちろん、声で推し量るしかなかったけれども――なしたようだった。
 そんなおかしなものをかぶっていながら、男の身のこなしにはいっさいの隙がない。立ち居振る舞いにもどことなく品があり、一朝一夕に身に着けたものでないことは一目瞭然だった。
 そうしてそれが、妙に美しく見えた。

 <玩具>は不覚にも、彼に見とれていたらしい。
 ふと気づけば、主人がこちらにいつものように、手にしたグラスを傾けていた。慌ててボトルを取り上げたのだったが、遅かった。
 <玩具>には分かった。一瞬のうちに、主人が激高したことが。
 主人はすうっと蜥蜴の目を細めると、じとりとこちらをめつけた。
 
 <玩具>が液体を注ぐ直前、グラスは主人の手から落下した。それひとつでも万金の値がするのであろう美麗な装飾のほどこされた、繊細なデザインのグラスである。それは<玩具>の足元で、あっけなく砕け散った。
 その場の空気が、凍りついた。
 <玩具>は慌てて主人に深く頭を下げた。

「申し訳ございませ――」
「脱げ」

 言下に言われて、一瞬、<玩具>は我が耳を疑った。
 いや、言われたことそのものには驚かない。こんなことは、ここに暮らしていればまさに日常茶飯事で、もはや否やと言うようなことではなかった。いや、そもそも主人の命令に「否や」を言うなど、<玩具>の自分に許されることではなかった。
 問題は、時と場所だ。
 このように客人の居る目の前で、主人はそれを<玩具>にせよとおっしゃっている。

「…………」

 だが、迷っている暇はなかった。
 時が一秒すぎれば過ぎただけ、主人の機嫌は降下してゆく。そしてその一秒ぶんだけ倍加して、後の折檻は熾烈を極めることになる。
 そのことは、この場のだれよりもこの<玩具>が、身をもって知っていることだった。

 <玩具>はすぐに腹を決めた。
 そうして、己がネクタイに手を掛けた。
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