星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 蜥蜴の男

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 惑星間航行プラネット・ジャンプのできる大型宇宙船というものは、それだけで小国の国家予算に匹敵するほどの金食い虫だ。

 単純に、それを建造するのに金が掛かるというばかりではない。当然ながら航行するためのエネルギーは食うわけだし、さらにその巨体を維持するための整備・運行する人員、そのほか中でおこなわれる数多あまたの作業のための人員をも日々食わせ、養い、給金を支払うことまでのすべてを換算すれば、そんじょそこらの者ではとてもこの船をあがなうことは不可能だ。
 したがって、この宇宙船ふね主人あるじゴブサムが、この広大なユーフェイマス宇宙連邦内全体にあっても屈指の大富豪であるのは当然のことである。
 その膨大な蓄財のいしずえとなったのは、ほかでもないその宇宙連邦と、ザルヴォーグ銀河連合との数百年の長きにわたった戦乱だった。

 宇宙暦、3482年。
 それは、かつて「人類」と呼ばれたこの生き物たちが、滅びゆく母星を捨てて宇宙の大海原へと漕ぎ出してから今日こんにちに至るまでの、その年数を表している。
 「宇宙に平和と平等を」という陳腐なスローガンによって始まったその歴史はしかし、結果的にはそれとは真反対の経過をたどることになった。そうしてその壮絶な権益の奪い合いの裏で、いつの時代にもそうであるように、ゴブサムのような輩が暗躍し、大笑いで私腹を肥やしたというわけだ。
 もちろんそうした商売は合法のものではなかったのだが、そうやって築き上げたこの財力と権力はまさに彼の裏の顔、つまり闇の武器商人としての能力をあかしするものでもある。
 とはいえ今は、この肥え太りすぎた巨体を動かしてどこぞへと出かけるのも面倒になり、特に仕事に関しては、お世辞にも出来のあまりいいともいえない息子どもに任せているというのが現状だった。





 ゴブサムは今日も、大切な商談を終えてからのち、彼お気に入りであるこの大きな船の中に設えられた豪奢な居室で、極上のワインを楽しんでいる。しかし、それを楽しむ彼の舌は、ちろちろと細長い蜥蜴のもののような形をしていた。
 ときおりきろりきろりと光るその瞳も、縦に細長く針のような虹彩をおさめた金色のものである。

 「げ」、と命ずることもなく傍らにグラスを少し傾ければ、控えめな様子で少し背後に立っていた今のお気に入りの彼の<玩具おもちゃ>が、黙ってボトルからそこに紅の液体を注ぎいれた。
 黒髪、黒い瞳をした「完全体の人間型ヒューマノイド」の青年は、今の彼の大切な玩具である。
 彼はこの玩具を手に入れた当初、これを毎日ありとあらゆる文化、形状の衣服で着飾らせたものだった。だが、今はほとんどの場合、この光沢のあるダークスーツを着せている。
 ゴブサムの好みとして、概ねただの紐でしかないではないかと思うような淫靡な衣装を着せるのも大変にそそられるのだが、その反応を楽しもうにも、この玩具はどんな衣装をあてがわれようと、羞恥であれ怒りであれ、いかなる表情筋をも滅多に動かすことがないのだった。
 そんなこんなで、ゴブサムのほうでもこれに趣向の変わったものを着せるのにはすぐに飽きてしまったのだ。

 年の頃はよくわからないが、彼は超古代文明の文献にも出てくるような、それは美しく、かつ凛々しい青年だった。ゴブサムはこれまでにも、なよなよとした生っちろい少年のような玩具も、逆に筋骨隆々とした浅黒い肌の偉丈夫の玩具も楽しんだことはあるのだったが、どれもすぐに飽きて「壊して」しまった。
 ともかくも、ゴブサムは飽き性なのだ。
 言ってしまえば、人生の中で味わえることのほとんどに、すでにとっくにこの男は飽いていた。
 金にものを言わせれば、いまや可能な限り長く「寿命」さえもが買える時代だ。若かったころに採取し、培養して保管してある細胞に体の各部を置き換えて、古い記憶を保ったままに数百年の長きを生きることも不可能ではない。

 (だからこそ、人生には飽きる)

 いかなる望みをかなえるための金にも困らぬ身となれば、なおさらだ。

 だが、そんなゴブサムも、にはなかなか飽きずにいる。
 こちらが期待したように泣きも叫びもしないところは多少小面憎こづらにくいのだったが、その代わり、余計なおしゃべりをしないところも気に入っている。夜の具合もなかなかいいし、「鳴け」と命ずれば鳴きもする。
 なにより、その瞳になんとも形容のしにくい哀愁があり、横顔にえも言われぬ品があるのがいい。己が意に反してこんな身分にとされた者として、こういうタイプの者は珍しかった。

(だから、……なのだろうよ)

 ぐびりと赤い液体を喉に流し込みながら、ゴブサムはひとりごちる。
 だからこそ、をあっさりと「壊す」のは、いつも惜しくなってしまうのだ。
 それでもついつい、その「遊び」に夢中になりすぎ、うっかりと少し傷つけすぎてしまったときには、慌てて医務班の者を呼び、最先端の医療技術でもってその体をもとどおりに修復してやる。
 なにしろ「人間型ヒューマノイド」の体というのは非常にもろいのだ。ほんの少し無理をしただけで激しく出血し、雑菌に侵されて命の危険に晒される。
 そうしてまたゴブサムは、余計な金を使ってしまったと要らぬ後悔をする羽目になるのだった。

 あの日、あの激しい海戦のあと。
 引き裂かれた戦艦の腹から吐き出され、宇宙空間にごまんと漂っていた宇宙服を着た「遭難者」。
 その中の一人が、この青年だった。
 青年は、宇宙服の下に着ていた軍服などの襟章からして、ユーフェイマス側の士官に見えた。
 珍しかったのは、彼のその体型だった。
 この厳しい宇宙環境にも適応できるようにと、母星にいたころから比べればさまざまに変容してきた人類の中にあって、青年はまだ、その古代人類としての形をそのまま残した姿をしていた。
 鱗もない、牙もない。獣のような耳も生えてはいなければ、自分のような異種動物の虹彩を備えてもいない。詳細に調べさせてみたところ、彼は骨、内臓、血液にいたるまで、いわゆる「地球人アース・ピープル」と呼ばれたころの旧人類のかたち、そのものをその体にとどめていた。

 数百年の昔には、「変貌」するための資金なきがゆえよとばかりに見下されていたはずのこれら「原種人類」とでもいうべき人々は、いまやむしろこの宇宙で珍重され、裏社会では高値で取引きされるまでになっている。いや無論、人身売買も非合法ではあるのだったが。
 「人間型ヒューマノイド」の多くはこうした大富豪や貴族のもとで飼われる人生を送っているのだったが、中には逆に、高い身分のゆえにその体の形を守りつづけている者たちもいる。
 この青年が実はそうした身分を持つ特異な一族の一人であることを、ゴブサムはとうに知っている。いるが、敢えてそのことを黙っていたし、手下の者どもにも厳しく緘口令をいていた。
 彼と同時に引き上げた他の多くの生き残りの兵士どもについては、その傷を癒し、十分に世話をしてやった上で、ユーフェイマス側およびザルヴォーグ側双方への大いなる「貸し」として丁重に送り届けたというのにだ。
 なぜなら。

 彼は、あまりにも魅力的だった。

 そして、ゴブサムにとっては都合がよく、
 彼にとっては不運なことに、
 その記憶を失くしていたのだ。

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