200 / 217
第十三章 次の世代を
8 人の手
しおりを挟む公式の《生誕の儀式》が執り行われたその日、魔王国には津々浦々までこの喜びのニュースが駆け巡った。配信でこの映像を観ることができる者は、ほぼすべてがこれを観たという報告も、その日のうちに上がってきた。
いまだ不満を抱く貴族たちがいるとは言え、その数は日を追うごとに減っているという。当然、その発言力も権力も弱くなってきている。なによりも生誕の儀式において、ダイダロスとトリーフォンが公式にも御子を支持する姿を見せたことが大きかった。ふたりの将軍の人心掌握術に負うところが大きいだろう。
さらには、《レンジャー》たちも同席して平和的な姿を見せたこと。これも、国民感情に大きな影響があったらしい。今まで「やつらは敵だ」「絶対に許すことはできない」「ともに暮らすなど言語道断」と憎しみを露わにしていた人々も、かなりの部分がその舌鋒をやわらかく変化させ始めているという。
やはり、以前にも聞いたように現《レンジャー》たちが魔王国軍のだれかの命を奪った経験がない、というのも大きいらしい。
ことはすべて「過去のこと」と見做す者が増えたのだ。
新たな世代の多くは、これまでのような争いの未来ではなく、平和で協力的な未来を望んでいるのである。
「となれば、この《儀式》の意義は幾重にも大きなものだったということになるな。開催して正解であった」
「ま……まあ、そうだな」
その夜。
ロートを連れて寝室に引き取ったふたりは、専用の揺りかごの中ですやすや眠っているロートを眺めつつ、寝台の上で抱き合っている。
「そんで? お前、何を考えてるんだよ」
「ん? なんの話だ」
「とぼけんじゃねえよっ!」
「しーっ。ロートが起きてしまうではないか」
「あっ……」
リョウマは慌てて声を落とした。唇の前に人差し指を立てた魔王ごしに、そっと揺りかごの方を盗み見る。大丈夫だ。ロートは相変わらず深く眠っている。この子は幸い、夜泣きが激しい方ではないのだ。「腹が減った」といって騒ぎ出す間隔も、最初のうちこそ二時間おきぐらいだったものが、今ではたっぷり五時間はゆっくりと眠るようになっている。
ロートの様子を確認してから、リョウマはあらためて魔王を睨みつけた。
「ごまかすんじゃねえ。お前、前に言ってたじゃんか。なんかちょっと、考えてることがある~とか、なんとか」
「そうだったか? 記憶にないな」
「おいっっ!」
「だから、しーっ」
「ううっ……」
慌てて自分の口を手で塞ぐ。
魔王は苦笑して、リョウマの体を抱き寄せた。
「案ずるな。悪いようにはせぬ」
「……ほんとかよ」
これでも本当に心配しているのに、この男は!
そもそも自分が、あとせいぜい八十年ぐらいしか一緒にいてやれないこと。ロートの寿命は恐らく人間よりははるかに長いと考えられるが、魔王とこの子を置いてこの世を去ることが、リョウマにとってはどうしても一番の悩みのタネになっている。
魔王はいつも「案ずるな」と言うばかりでごまかすので、何を考えているのかわからない。
「……ま、いいんだけどな。お前がちゃんと、ずっと幸せでいられるなら」
ムスッとしてそう呟いたら、魔王がまた、あの時のようななんとも言えない目をした。そうして、さらにぎゅっと抱きしめられる。
「そのように言ってくれる者がこうして傍にいてくれる。これ以上の幸せなどあろうか」
「……あ、そう」
「ともあれ、体は重々大事にしてくれよ。ロートの子育てが一段落したら、第二、第三の御子のことも考えねばならぬゆえな」
「えっ。もう?」
「そなたが言ったのではないか?『子どもはたくさん欲しい』と」
「そっ……そうだけどお」
こんなに早く次の子のことなんて考えられない。今はロートのことで頭がいっぱいなのだ。まだ人型もとれない状態の幼竜の子がいるのに、次の子のこととは──。
「きっ、気が早いんじゃね? さすがに」
「そうだろうか?」
「ロートがある程度、お兄ちゃん……いやお姉ちゃんかもしんねえけど、とにかく! そういう自覚がちゃんとできるまでは待ってやったほうがいいんじゃね?」
「うーん」
「いや、せめてっ。人型が取れるようになるまでは待ってやんねーと──」
と、リョウマが言ったときだった。
ぴかっと寝室の一角から光が溢れだしたかと思うと、まるで寝室が昼のような明るさに包まれた。
「ひええっ? な、なんだ!?」
「──と、言っているうちにその瞬間が来てしまったようだな」
「えええ!?」
がばっと跳ね起きる。
そのまま、光の元である揺りかごへと走った。
揺りかごの縁から、ひらひらと小さな手が揺れているのが見える。
……それは、まちがいなく「人間の子」の手の形をしていた。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説





怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる