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第十三章 次の世代を
2 卵の子育て
しおりを挟むそこからは、卵の世話をしながらの生活が始まった。
まず魔王とリョウマは話し合いの末、卵の世話をする時間の取り決めをつくった。一日は二十四時間。そのうち、睡眠の間は閨で共に世話をすると考えられるわけなので、起床している時間をふたつに分ける。時間が来れば自分で卵をもう一人に受け渡しに出向く。
ただ、自分では時間の管理が甘くなってしまいそうなので、それぞれの側近に時間の管理を任せることになった。リョウマで言えばリョウマ付きの近衛隊隊長ダンパ。魔王の方は執事長ガガノフだ。
魔王もリョウマも仕事の関係で魔王城の外へ出向くことが多いため、護衛につく面々を今までよりも手厚くすることになった。要は卵を含めて王族二名分の護衛ということだ。
魔王もリョウマも自分の身を自分で守る力はあるが、卵を守りながら戦うとなると難しい面がどうしても出てくる。「今は王族を狙う派閥が力を失い、一応平和な状態ではあるけれども、いつなんどき、思わぬ事態が起こらないとも限らぬ。警戒しておくに如くはなし」というのが魔王の意見だった。
ちなみにリョウマをはじめ《レンジャー》の面々は、あの《ミッションM》のときと同様、《勇者パワー》を込めた水晶玉をいくつか携帯しておくのが常となっている。なにかの事件に遭遇したとき、周囲に《勇者パワー》がないことで不測の事態にならぬようにという魔王側の配慮だった。
もちろんこれには魔王国の議会から憂慮の声もあがった。「いつ何時、《レンジャー》たちがこちらに攻撃を仕掛けてこぬとも限らない」という心配がその主な内容だった。無理もない話だ。魔王国と《勇者の村》の長年の敵対関係を考えれば当然ともいえるだろう。
「だがそれも、次第に時間が解決してゆくだろう。平和を築くには時間がかかるもの。失うのは一瞬の判断ミスだというのにな」と自嘲ぎみに言ったのは他ならぬ魔王だった。
ともあれ。
《保護区》の子どもたちの教育システムについて様々な決め事、協力者との話し合い、承認など諸々の仕事に忙殺されつつも、リョウマは基本的に幸せな気持ちで卵の子育てに勤しんでいた。
卵はケースの中で日々すこしずつ大きくなっていくようだ。ただの卵だというのに、すでに可愛くてたまらない。仕事の合い間、時おりケースを開いてそっと撫でると、魔王が再生したときのように微妙な動きと音で卵が反応するように感じられることもあった。
そろそろ魔王の手に渡す時間だなと思っていると、少し早めに魔王の方からやってくることもしばしばだった。魔王は魔王で、この新たな子の誕生を待ちわびてくれているらしい。それが何よりうれしかった。
夜、寝室で二人でケースを真ん中にしてお互いに抱き合いながら話しあうのは、やっぱり子どもの名前の案だった。
そもそも魔王国の名前はバリエーションが多い。それに対して、リョウマたちの村の名前は独特なものが多かった。それがどちらかに偏ることは、恐らく国民がよしとはしないのではないだろうか。リョウマが気になるのはまずそのことだった。
「せっかく魔王と人間の間に生まれてくる子なんだから。みんなから祝福されて生まれてきて欲しいと思うし」
「それは当然だな。この子はほかの誰よりも、両陣営を結びつけるための鎹としての意味を背負って生まれる存在なのだから」
「うん。……それが、この子の負担にならなきゃいいんだけどな」
そうなのだ。
卵が育ってくるにしたがって、少しずつリョウマの中に芽生えてきた新たな心配はこれだった。
この子が両陣営の様々な思惑や期待を背負って生まれてきたことを負担に思ってしまったらどうしよう、と。
子は親の勝手でこの世に存在させられてしまうもの。その生き方や人生の意味までをも、親の置かれた境遇に大きく左右されてしまうものでもある。親がどんなに子の幸せを願っていたとしても、親の軛がそのまま子の体をもがんじがらめにしてしまうことを、リョウマは決して望まなかった。
「もし、この子が大きくなって『王族なんてイヤだ、自由になりたい』って言いだしたら……どうする?」
魔王はじっとリョウマを見つめ、一度目を閉じてから、言った。
「難しい問題だな。私の子であるというその一事だけで、この子が負うものは非常に大きい。本人が望むと望まざるとに係わらず、多くの者らが期待を掛けるであろうし、本人の意とは無関係に神輿に担ぎ上げるであろうしな」
「うーん……」
寝台の上で卵を真ん中に抱き合ったまま、リョウマは頭を抱えた。
「案ずるな。我らがしっかりしておれば、起こる問題の多くは解決できるはずだ。文字通り『案ずるより産むが易し』というヤツだな」
「そ、そうかなあ……」
「我らがしっかりしておれば大丈夫。そなたはこの子にとって、よりよき親となることだけを考えよ。だれよりもこの子を信じ、愛すること。この子の意思を親の勝手で捻じ曲げぬこと。親にできる最大のことはそれに尽きよう。無論私もそのようにする」
「……うん」
「大丈夫。そなたならできる」
言って魔王は卵を押しつぶさぬよう気を付けつつもリョウマを抱きしめてくれた。
男の胸の鼓動が聞こえてくると、信じられないほどの安心がやってくる。リョウマは目を閉じると、卵ごと魔王の体を抱きしめ返した。
二人の腹の間で、ケースの中の卵がふっと微妙に振動し、ぴうう、と小さく鳴いた気がした。
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