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第十二章 新たな命
10 学習機会
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リョウマは後頭部をばりばり掻き、気を取り直して話をつづけた。
「とにかく。どうッスかね? 最初はほんと、初級の初級のクラスでいいんですけど。そもそも、まだ文字もまともに読み書きできないのが多いんで」
「そうですなあ……」
表情を改めたオサマベリが、ちらと自分の側の官吏たちに目をやった。ほかの面々の表情もオサマベリと似たり寄ったりだ。敢えて無表情を貫く者、難しい顔をして見せる者。だがリョウマにはわかってしまった。
(……こいつら。マトモに考える気もねーな)
一応、「配殿下」を前にして表面を取り繕ってはいる。それは取りも直さず、背後にいる魔王を恐れているからだ。しかし、彼らには《第二保護区》の者とまともに取り合うつもりがなさそうだった。明らかに興味なさげなのだ。
オサマベリは低い声で隣にいる者とぼそぼそと言葉を交わし、あらためてこちらに向きなおった。
「正直申し上げて、問題は多いかと。なにしろこちらは、そちら《勇者の村》の皆様のために歴史的に大いに迷惑を被ってきたという過去がありまするゆえ」
「それって、アレですか。俺らが魔王国に反抗してたもんで、こっちの人間も白い目で見られて魔族たちから差別されてた、とかナントカいう」
この辺りの事情は、以前ちらりと魔王からも聞かされている。
オサマベリが「ご存じにございましたか」とうなずいた。
「左様な事情もありまして、みながみなとは申しませぬが、こちらの住民の中にはそちらの皆様への悪感情を心に抱えておる者も多うございまする。子らをいきなり一緒にして学校に通わせるなどは、相当難しいのではないかと愚考いたしまする」
「うーん」
「さらに、これは申し上げにくいことにございまするが。こちらの子らはかなり幼いころから、文字の読み書きなどは習熟しておりまする。《ネット》を使った情報収集などの技術についても同様です。そちらのお子様がたとはその……ともに学ぶ、と申しても難しい部分が多いのではないかと」
「ああ~、そこまでっすか」
リョウマは自分の首の後ろをさすって苦笑した。
というのも、さっきから首の後ろがピリピリするのだ。間違いなく、後ろにいる《レンジャー》たちとムサシが殺気を放っている。
が、目の前にいる太った行政官たちにはまったく通じていないようだった。別に肝が据わっているからではない。その逆だ。前線で戦いつづけてきた自分たちとは真逆の環境で、この年までぬくぬくと生活してきた人間は、生き物としてきっとここまで鈍くなってしまえるものなのだろう。
「なるほどねえ……。こりゃ困ったな」
さて、どうしたものか。
そこまで学力差があるとなると、確かに、いきなりでは難しいだろう。あまりにも足並みがそろわなければ、教える先生だって困るに違いない。
なにより、大事な村の子どもたちが、万が一にもここの人間の子らから虐められるなんてことがあってはならない。それでは本末転倒だ。
むしろ今は魔族たちのほうが、あの魔王の王配になったリョウマのことに興味津々で、《勇者の村》の子どもたちにも興味を持ってくれるぐらいかもしれない。魔王や側近のみなの意見を聞く限り、いま魔都デヴァーデンスでのリョウマの人気は鰻登りなのだ。
(勘弁してくれよ。魔族より、同じ人間のほうが厄介とかよー……)
困って周囲を見回すと、きつい眼光を放っているのは意外にも予想した者だけではなかった。魔族であるはずのダンパと、赤ギツネ顔の文官ナリスまで、なんとなく鼻白んだ表情をしていたのだ。もちろんそれは相手に気づかれない程度のものであって、リョウマだからこそ気づいたのだが。
そういえばこの二人も、あまり高い家柄の出身ではなかったはず。貧しい家庭で育って、自分の努力によって今の地位を獲得してきた努力の人であったはずだ。最初からこんな風に子どもを切り捨てようとする者らには、自然と反感を持つのかもしれなかった。
◇
「ごめんなあ。せっかくみんなに来てもらったのに、大した話もできなくってよ。不甲斐なくって申し訳ねえ」
「謝るなよ。お前のせいじゃない。それに俺たちは、お前と一緒に行動できりゃそれでいいんだ」
《第二保護区》へとみんなを飛行艇で送りがてらリョウマがぼやくと、すぐにケントが答えた。「あんがと、ケント」と笑って見せると、ちょっと頬を赤くしてそっぽを向いている。
「そうよ。ってかあのオッサン腹立ったわ~。なにあれ、うちの子たちを馬鹿にしてんの? 昔のことがあるにしたって、子どもに罪はないでしょうってのよ!」
サクヤはあの会合以来、ずっと怒り心頭といった様子だ。
「でも、言われてることはもっともだったよ。こっちのせいで、あっちがずいぶんしんどい思いをしてきたっていう歴史も本当だったし」
「そうでござるなあ。そう考えれば気の毒にも思うでござるよ」
ハルトとコジロウが困り顔でうなずき合っている。
「しかし、どうしたものかのう。このままでは、わが村の子らが学ぶ機会を得られぬ事態になってしまうが──」ムサシもかなりの渋面だ。
「ん~。そうだよなあ」
と、腕組みをして考え込んだときだった。
「納得がいきませぬ」
「左様。自分も右に同じにございます」
「えっ?」
びっくりしてみんなが振り向き、注目する。
声を発したのは、飛行艇の後部の座席に座ったふたり。
すなわち文官ナリスと、護衛隊長ダンパだった。
「とにかく。どうッスかね? 最初はほんと、初級の初級のクラスでいいんですけど。そもそも、まだ文字もまともに読み書きできないのが多いんで」
「そうですなあ……」
表情を改めたオサマベリが、ちらと自分の側の官吏たちに目をやった。ほかの面々の表情もオサマベリと似たり寄ったりだ。敢えて無表情を貫く者、難しい顔をして見せる者。だがリョウマにはわかってしまった。
(……こいつら。マトモに考える気もねーな)
一応、「配殿下」を前にして表面を取り繕ってはいる。それは取りも直さず、背後にいる魔王を恐れているからだ。しかし、彼らには《第二保護区》の者とまともに取り合うつもりがなさそうだった。明らかに興味なさげなのだ。
オサマベリは低い声で隣にいる者とぼそぼそと言葉を交わし、あらためてこちらに向きなおった。
「正直申し上げて、問題は多いかと。なにしろこちらは、そちら《勇者の村》の皆様のために歴史的に大いに迷惑を被ってきたという過去がありまするゆえ」
「それって、アレですか。俺らが魔王国に反抗してたもんで、こっちの人間も白い目で見られて魔族たちから差別されてた、とかナントカいう」
この辺りの事情は、以前ちらりと魔王からも聞かされている。
オサマベリが「ご存じにございましたか」とうなずいた。
「左様な事情もありまして、みながみなとは申しませぬが、こちらの住民の中にはそちらの皆様への悪感情を心に抱えておる者も多うございまする。子らをいきなり一緒にして学校に通わせるなどは、相当難しいのではないかと愚考いたしまする」
「うーん」
「さらに、これは申し上げにくいことにございまするが。こちらの子らはかなり幼いころから、文字の読み書きなどは習熟しておりまする。《ネット》を使った情報収集などの技術についても同様です。そちらのお子様がたとはその……ともに学ぶ、と申しても難しい部分が多いのではないかと」
「ああ~、そこまでっすか」
リョウマは自分の首の後ろをさすって苦笑した。
というのも、さっきから首の後ろがピリピリするのだ。間違いなく、後ろにいる《レンジャー》たちとムサシが殺気を放っている。
が、目の前にいる太った行政官たちにはまったく通じていないようだった。別に肝が据わっているからではない。その逆だ。前線で戦いつづけてきた自分たちとは真逆の環境で、この年までぬくぬくと生活してきた人間は、生き物としてきっとここまで鈍くなってしまえるものなのだろう。
「なるほどねえ……。こりゃ困ったな」
さて、どうしたものか。
そこまで学力差があるとなると、確かに、いきなりでは難しいだろう。あまりにも足並みがそろわなければ、教える先生だって困るに違いない。
なにより、大事な村の子どもたちが、万が一にもここの人間の子らから虐められるなんてことがあってはならない。それでは本末転倒だ。
むしろ今は魔族たちのほうが、あの魔王の王配になったリョウマのことに興味津々で、《勇者の村》の子どもたちにも興味を持ってくれるぐらいかもしれない。魔王や側近のみなの意見を聞く限り、いま魔都デヴァーデンスでのリョウマの人気は鰻登りなのだ。
(勘弁してくれよ。魔族より、同じ人間のほうが厄介とかよー……)
困って周囲を見回すと、きつい眼光を放っているのは意外にも予想した者だけではなかった。魔族であるはずのダンパと、赤ギツネ顔の文官ナリスまで、なんとなく鼻白んだ表情をしていたのだ。もちろんそれは相手に気づかれない程度のものであって、リョウマだからこそ気づいたのだが。
そういえばこの二人も、あまり高い家柄の出身ではなかったはず。貧しい家庭で育って、自分の努力によって今の地位を獲得してきた努力の人であったはずだ。最初からこんな風に子どもを切り捨てようとする者らには、自然と反感を持つのかもしれなかった。
◇
「ごめんなあ。せっかくみんなに来てもらったのに、大した話もできなくってよ。不甲斐なくって申し訳ねえ」
「謝るなよ。お前のせいじゃない。それに俺たちは、お前と一緒に行動できりゃそれでいいんだ」
《第二保護区》へとみんなを飛行艇で送りがてらリョウマがぼやくと、すぐにケントが答えた。「あんがと、ケント」と笑って見せると、ちょっと頬を赤くしてそっぽを向いている。
「そうよ。ってかあのオッサン腹立ったわ~。なにあれ、うちの子たちを馬鹿にしてんの? 昔のことがあるにしたって、子どもに罪はないでしょうってのよ!」
サクヤはあの会合以来、ずっと怒り心頭といった様子だ。
「でも、言われてることはもっともだったよ。こっちのせいで、あっちがずいぶんしんどい思いをしてきたっていう歴史も本当だったし」
「そうでござるなあ。そう考えれば気の毒にも思うでござるよ」
ハルトとコジロウが困り顔でうなずき合っている。
「しかし、どうしたものかのう。このままでは、わが村の子らが学ぶ機会を得られぬ事態になってしまうが──」ムサシもかなりの渋面だ。
「ん~。そうだよなあ」
と、腕組みをして考え込んだときだった。
「納得がいきませぬ」
「左様。自分も右に同じにございます」
「えっ?」
びっくりしてみんなが振り向き、注目する。
声を発したのは、飛行艇の後部の座席に座ったふたり。
すなわち文官ナリスと、護衛隊長ダンパだった。
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