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第十章 帰還

2 癒し

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 大部屋とは比べ物にならない広さと内装の病室には、それに見劣りのしない大ぶりなベッドが置かれていた。もちろん、そこに寝ている人の体の大きさに配慮したというのが大きな理由だったろう。
 今までそこに寝ていたであろう人物は、介添えの兵の手を少し借り、上体を起こしてすでにこちらに顔を向けていた。ベッド脇には彼の状態を記録しているらしい機械が鎮座しており、その画面上には見ただけではわからない様々な数値やグラフが光っている。
 患者本人は豊かなたてがみのあちこちや分厚い胸板、二の腕などを包帯に巻かれた、見るからに痛々しい姿だった。最近になってようやく意識をとりもどしたというのは事実であるらしい。

 男は片手を軽く上げただけで介添えの兵を退室させ、あらためてこちらに向きなおった。
 その目は最初から、リョウマの隣に立っているドラゴンの子をひたすらにじっと見つめている。
 やがて徐にベッドの上に座りなおし、男は巨体を折り曲げて深々とこうべを垂れた。

「陛下。ご無事のご帰還、お喜び申し上げまする。斯様かような不甲斐なき体たらくにてお目汚しをつかまつりましたこと、心よりお詫び申し上げまする」
「挨拶などよい。まずは楽にいたせ」
「えっ」

 ぎょっとなって隣を見たときにはもう、そこに子ドラゴンはいなかった。
 すっきりと背が伸びてリョウマよりも少し長身になった魔王・エルケニヒがゆったりとした微笑みを浮かべつつそこに立っていた。今ではもう十七、八歳ほどの年齢に見えた。
 さらに、今の彼は以前のような全裸ではなく、豊かな袖をもつ袷の着物姿。普段着ながらも王族としてのいで立ちだ。どうやら魔法で自分の衣装も作り出しているらしい。それだけ魔力が回復したということなのだろう。
 《レンジャー》たちとムサシも驚きの色を隠せない様子だった。

 四天王大将軍の一人、ダイダロスは、それでも殊勝に居住まいを崩さないまま頭を垂れている。

「自分の不始末により、陛下のお手を煩わせ……あまつさえ、重大な危機を招く事態となりましたこと、幾重にも謝罪を申し上げたく」
「よいというのに。それに、今回はこれでようやく『獅子身中の虫』のあぶり出しにも着手できたことだしな。『終わりよければ』なんとやら、ということにしようではないか。のう? ダイダロス」
「は……。寛大なる陛下のお計らい、歓喜に堪えませぬ」

 ときどき言葉が難しくてよくわからないが、ともかく、ダイダロスは魔王の忠実な臣下であることは間違いないらしい。この男がベッドに縛り付けられた状態でさえなければ、今回の政争問題などそもそも起こりようがなかったのだ。
 エルケニヒが、ついと足を進めてベッド脇に立った。

「それで。容体はいかがなのだ」
「なんの。目さえ覚めますれば、これしきはかすり傷」
「ふむ。頼もしいことよ」

 笑って言うエルケニヒの目線はしかし、ちらりとベッドサイドの機器の表面をなでたようだった。その目が軽く細められ、再び目線がダイダロスに戻る。

「だがまあ、これも見舞いのうちだと思ってくれ。そなたの矜持を傷つける意図は一切ない。わかってくれるな?」
「へ、陛下……?」

 やや戸惑った様子で相変わらずかしこまっているダイダロスに、魔王は無造作にその腕をのばした。

「えっ……?」
「あっ!」

 リョウマもほかの《レンジャー》たちも、ムサシもダンパも同様に目を見開いた。
 魔王の手のひらからしみ出すように光の泡のようなものが現れて、ゆっくりとダイダロスの体にしみこんでいく。柔らかく黄色い光が室内を満たすと同時に、金木犀のようなさわやかな香りが鼻孔をくすぐった。
 その現象は、三十秒ほど続いただろうか。
 その光は始まったときと同じように次第に薄らいでいき、やがて元通りの病室の景色がもどってきたところで、みんなは一斉にダイダロスに注目した。
 当のダイダロス本人が、最も驚いている様子だった。自分の体をあちこち動かし、ちょっと触れてみるなどして、さらにその驚きが増す。自分の体をぐるぐる巻きにしている包帯を慌ててむしり取ると、そこにはいっさい、なんの傷も残されていなかった。

「へ、陛下……!」
「だから。そういうのは結構だ」

 慌ててベッドの下へ飛び降り、そこに平伏しようとするダイダロスを、さも鬱陶しそうに魔王は止めた。

「しかし。まだ十分、魔力もお戻りではないのでは──」
「そう思ったらこのような真似はしておらぬ。礼が必要と思うなら、まあ今後、そなたにできる範囲で尽力してくれればそれでよい。私のためではなく、魔王国と地球のためにな」
「陛下──」
「わかったな。では、帰ろう。用事は済んだ」

 言ってにっこりとリョウマの方に振り向いたかと思うと、魔王の姿は一瞬のうちに、もとの大きな子ドラゴンに戻っていた。
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