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第九章 胎動
6 誕生
しおりを挟むオロオロするうちにも、卵らしきものに入ったヒビはどんどん大きくなっていく。
中に、なにかもぞもぞと動くものを発見して、リョウマはごくりと喉を鳴らした。
(なんか、いる……?)
あまり目を近づけすぎないよう気を付けながらそっと覗きこむと、やわらかそうなクリーム色をした何かが、のそのそとゆっくり動いている。少し動いては止まり、また少し動いては止まり……。非常に長い時間をかけて、それは卵の殻を少しずつ割り、押し上げて崩していく。
途中までは手のひらの上に乗せて観察していたリョウマだったが、机の上にタオルを敷いて卵が転がり落ちないように固定し、椅子に座って観察を続けた。
やっとのことで、それが鼻先を外に出すまで、一時間以上もかかった。一連の作業があまりにも大変そうなので、リョウマはペンを持ってきて、丸い方を使って殻のヒビを少しずつ大きくして手伝ってやった。
ようやくそいつが顔全体を外に出したときには、それが始まってから優に三時間は過ぎていた。艦内時間では、すっかり真夜中の時間帯である。いまさらダンパを呼び入れるのも悪い気がして、リョウマはひたすら一人でその生き物に向き合うことになった。
「お前……なんなの?」
ごく小さい声で囁いてみる。
そいつはクリーム色のつやつやした鱗に覆われた顔を、ふっとこちらに向けたようだった。まだ目はしっかりと閉じられている。見たところ、トカゲか何かの幼生のようだ。そいつは小さな頭をゆらゆらさせ、またしばらく卵の中でもごもごともがきまわり、どうにかこうにか殻を破って全身を外に出すことに成功した。
「こ……これって」
トカゲっぽい幼生の背中には、くちゃくちゃに折りたたまれた状態の翼があった。ちょうどコウモリのそれのような形だ。全身が鱗に包まれ、背中に翼があり、しっぽはとても長い。
照明の下で少し丸くなり、じっとしているうちに、粘液に包まれててらてらと光っていた体表が、少しずつ乾いてきた。それに伴って翼がしっかりと開いてゆき、小さいが美しい翼の形をとる。それからようやく、その生き物はゆっくりと目を開けた。
(ああ……!)
心の奥で、こっそり期待していたとおりだった。
おおきな爬虫類としての目は金色で、とろりと輝いて濡れていた。
リョウマの胸は激しく高鳴り、わけのわからない熱いものが勝手にこみあげてきた。
「ううっ……く」
なんで自分が泣いているのか、よくわからない。
わからないのに、どうしても涙が止まらなかった。
「ぎゅ……ぎゅ、ぐるるう」
それが小さな声で鳴き、ちょっと首をかしげる。こみあげてきたもので視界がぼやけていたが、それでもそれがゆっくり、よたよたとこちらへ近づいてくるのがわかった。
リョウマの目から頬を伝って顎から滴った雫が、ぽたりと生き物の頭に落ちた。
そいつはその雫を頭の上に乗せたまま、しばらくじっとしていたが、やがてくいっと頭をかしげた。すると雫が流れ落ち、そいつの目に入ってさらにその瞳を潤した。そいつはぷるぷると顔を振ると、その雫を長くて尖った細い舌でぺろっと舐めた。
リョウマは恐る恐る手をのばして、そいつの小さな体を両手でそうっと包み込んだ。まだ柔らかそうな長い爪の生えた手が、リョウマの人差し指の上にちょんと乗せられる。そいつはそのまま、いかにも不器用な感じで手首から二の腕、そして肩の方へとよじのぼってきた。
「あ、いて。いててて。痛いってば」
思わず言ったら、ぴたりと止まる。それからしばらく何かを考えているかのように停止して、今度はリョウマの皮膚になるべく爪を立てないように気を付けながら登ってくれる。どうやらこちらの言うことが理解できているらしい。
そのうち、やっとリョウマの肩の上まで這い上ると、そいつは再び舌をのばしてリョウマの涙をぺろぺろと舐め尽くしてしまった。
──と。
「んんっ……?」
唐突に、そいつの体の色が変化した。
乳白色に見えていた全身の色が、鮮やかな光り輝くサファイアのようなブルーに変化したのである。
「うわっ……?」
「ぎゅる、きゅるるる?」
鳥みたいな声で鳴いてから、金色の瞳でリョウマを見つめ、そいつはぶうん、と鼻の奥を小さく鳴らした。
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