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第九章 胎動
2 浮遊
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仲間やダンパと外廊下へ追い出されてからも、リョウマは不思議なその玉をつまんで、ひっくり返したり、下から覗きこんだりしてみた。
仲間たちもダンパも不思議そうにそれを見ている。
「なんなんだそれは?」とケント。
「いや……わかんねえ。いつの間にかここに入ってて」
「ちょっと貸してよ」そう言ったのはサクヤだ。
「あ。うーん……」
だがリョウマは、なぜかそうすることを躊躇った。
「ごめん、サクヤ。よくわかんねえけど、ほかの人が触らないほうがいいかもしんねえし」
「そうなの?」
「ん……。ごめん」
サクヤは一瞬だけ不思議そうな顔になったが、いつものように腹をたててムキになる風もなく、なぜかすぐに納得してくれた。
「あんたがそう言うなら、いいわよ。そうしなさいよ。さっきのトリーフォンの表情も気になるし」
「そうだよね? なんだったんだろうね、さっきの将軍」
「確かに。なにか不自然でござったな?」
口々にそんなことを言いあいながらも、やっぱり誰もその玉を無理にリョウマの手から奪おうとはしなかった。リョウマは心の中だけで、そっと仲間に感謝した。いざとなれば自分の感覚や決断をちゃんと尊重してくれるのが《レンジャー》なのだと、あらためて再認識する。
そうこうするうち、飛行艇の発着場に到着して、リョウマとダンパはそれに乗り込んだ。これは移動用の飛行艇だ。これで捜索隊の宇宙巡洋艦に送ってもらうのである。
「じゃ、気を付けてな。リョウマ」
「おうよ。そっちも、村のみんなのこと頼むな。ケント」
「危ないと思ったら、すぐに帰ってくんのよ?」
「わかったわかった。心配性だな~サクヤは」
「なにかあったら、指輪で僕らに連絡してね。どんなことをしても迎えにいくから」
「ありがと、ハルト」
「ご武運を祈っておりますぞ」
「うん。ありがと、コジロウ」
三十分後。リョウマとダンパは予定通り、トリーフォンが準備してくれていた宇宙空間掃海艇の軽巡洋艦に乗り込むと、ようやく宇宙へと飛び立った。出発するのはこの艦だけではなく、ほかに三隻の艦が同行する。いま出撃した艦の乗務員は、現在掃海にあたっている部隊の兵らと交代するのだ。
軽巡洋艦の艦長らとの顔合わせのあと、艦は宇宙空間へ出、二度の《星間ジャンプ》をおこなった。その後、艦の中に用意されたリョウマのための部屋に案内され、ダンパが辞していってから、リョウマはようやくひとりになり、ベッドの上に座りこんだ。
「ふう……」
そっと腰のケースから例の蒼い玉を取り出す。
なにかとばたばたしていたので、ゆっくりとこれを観察するのはこれが初めてだった。
艦内の暗めのライトに照らされて、石はやっぱりつやつやとなめらかで美しかった。
ふと、指に違和感を覚えて、リョウマはそれを手のひらの上で少し転がしてみた。そっと鼻先を近づけてみる。
「やっぱりだ……。なんかこれ、あったかい……?」
そうなのだ。
普通の石だったなら、人の体温や地熱で温められない限り、少しひんやりと感じるものだと思うのだが。これはちがう。なんとなく人肌ぐらいの温度を、常に一定に保っているように思えるのだ。
なにより不思議なのは、これを見ている間だけは魔王エルケニヒを失ったひどい喪失感と痛みが、ふっと癒されるような気分になることだった。
「うーん……」
考え込んでいると、それは突然、目の前で起こった。
「え? うわっ!?」
手のひらの上に乗せていた蒼い玉が、うっすらと宙に浮いたのだ。自分の尻はベッドについたままであり、艦内で発生させている重力が生きているのは確かなのに。
物音はまったくしない。ただリョウマの手のひらの上、ほんの五ミリぐらいの間をあけて、玉は静かに浮かんでいる。まるで「それが当然だ」と言わんばかりに。
「な、なな……?? どうなってんだ。これ、なんなんだ? マジで」
試しにそうっと手を離してみれば、石は静かに下方へ降りていき、床の上でやっぱり五ミリほど浮かんだ状態までくるとぴたりと止まった。
「あ。そうか……」
ようやく気づいた。
だから、腰のケースの中でからからと音が鳴ったり、余計な重さを感じたりしなかったのだと。
あの時自分は意識を失った状態で運び込まれてきたので、このケースを腰から外してくれた人がいたはずだ。その人は、このケースを開くことはしなかったのだろう。「当然、中身はからだ」と思っていたからでもあるだろうけれど。
「うーん。じゃ、いつからここに入ってたんだ……?」
顎に手をやり、首をひねる。が、どんなに考えてもわからない。
ともあれ、今は休んだほうがいいだろう。掃海作戦に参加するまでに、なるべく体力を回復、温存しておくようにとトリーフォンからも言われているのだ。
リョウマは床の上に静かに浮かんだ蒼い玉をそうっとつまみあげてケースに戻すと、早々にベッドにもぐりこんだ。
「んじゃ、おやすみ……」
べつに特定のだれかに向かって言ったつもりもなかったのだが、なんとなくあのケースの中から、ことり、と微かな音がしたような気がした。
仲間たちもダンパも不思議そうにそれを見ている。
「なんなんだそれは?」とケント。
「いや……わかんねえ。いつの間にかここに入ってて」
「ちょっと貸してよ」そう言ったのはサクヤだ。
「あ。うーん……」
だがリョウマは、なぜかそうすることを躊躇った。
「ごめん、サクヤ。よくわかんねえけど、ほかの人が触らないほうがいいかもしんねえし」
「そうなの?」
「ん……。ごめん」
サクヤは一瞬だけ不思議そうな顔になったが、いつものように腹をたててムキになる風もなく、なぜかすぐに納得してくれた。
「あんたがそう言うなら、いいわよ。そうしなさいよ。さっきのトリーフォンの表情も気になるし」
「そうだよね? なんだったんだろうね、さっきの将軍」
「確かに。なにか不自然でござったな?」
口々にそんなことを言いあいながらも、やっぱり誰もその玉を無理にリョウマの手から奪おうとはしなかった。リョウマは心の中だけで、そっと仲間に感謝した。いざとなれば自分の感覚や決断をちゃんと尊重してくれるのが《レンジャー》なのだと、あらためて再認識する。
そうこうするうち、飛行艇の発着場に到着して、リョウマとダンパはそれに乗り込んだ。これは移動用の飛行艇だ。これで捜索隊の宇宙巡洋艦に送ってもらうのである。
「じゃ、気を付けてな。リョウマ」
「おうよ。そっちも、村のみんなのこと頼むな。ケント」
「危ないと思ったら、すぐに帰ってくんのよ?」
「わかったわかった。心配性だな~サクヤは」
「なにかあったら、指輪で僕らに連絡してね。どんなことをしても迎えにいくから」
「ありがと、ハルト」
「ご武運を祈っておりますぞ」
「うん。ありがと、コジロウ」
三十分後。リョウマとダンパは予定通り、トリーフォンが準備してくれていた宇宙空間掃海艇の軽巡洋艦に乗り込むと、ようやく宇宙へと飛び立った。出発するのはこの艦だけではなく、ほかに三隻の艦が同行する。いま出撃した艦の乗務員は、現在掃海にあたっている部隊の兵らと交代するのだ。
軽巡洋艦の艦長らとの顔合わせのあと、艦は宇宙空間へ出、二度の《星間ジャンプ》をおこなった。その後、艦の中に用意されたリョウマのための部屋に案内され、ダンパが辞していってから、リョウマはようやくひとりになり、ベッドの上に座りこんだ。
「ふう……」
そっと腰のケースから例の蒼い玉を取り出す。
なにかとばたばたしていたので、ゆっくりとこれを観察するのはこれが初めてだった。
艦内の暗めのライトに照らされて、石はやっぱりつやつやとなめらかで美しかった。
ふと、指に違和感を覚えて、リョウマはそれを手のひらの上で少し転がしてみた。そっと鼻先を近づけてみる。
「やっぱりだ……。なんかこれ、あったかい……?」
そうなのだ。
普通の石だったなら、人の体温や地熱で温められない限り、少しひんやりと感じるものだと思うのだが。これはちがう。なんとなく人肌ぐらいの温度を、常に一定に保っているように思えるのだ。
なにより不思議なのは、これを見ている間だけは魔王エルケニヒを失ったひどい喪失感と痛みが、ふっと癒されるような気分になることだった。
「うーん……」
考え込んでいると、それは突然、目の前で起こった。
「え? うわっ!?」
手のひらの上に乗せていた蒼い玉が、うっすらと宙に浮いたのだ。自分の尻はベッドについたままであり、艦内で発生させている重力が生きているのは確かなのに。
物音はまったくしない。ただリョウマの手のひらの上、ほんの五ミリぐらいの間をあけて、玉は静かに浮かんでいる。まるで「それが当然だ」と言わんばかりに。
「な、なな……?? どうなってんだ。これ、なんなんだ? マジで」
試しにそうっと手を離してみれば、石は静かに下方へ降りていき、床の上でやっぱり五ミリほど浮かんだ状態までくるとぴたりと止まった。
「あ。そうか……」
ようやく気づいた。
だから、腰のケースの中でからからと音が鳴ったり、余計な重さを感じたりしなかったのだと。
あの時自分は意識を失った状態で運び込まれてきたので、このケースを腰から外してくれた人がいたはずだ。その人は、このケースを開くことはしなかったのだろう。「当然、中身はからだ」と思っていたからでもあるだろうけれど。
「うーん。じゃ、いつからここに入ってたんだ……?」
顎に手をやり、首をひねる。が、どんなに考えてもわからない。
ともあれ、今は休んだほうがいいだろう。掃海作戦に参加するまでに、なるべく体力を回復、温存しておくようにとトリーフォンからも言われているのだ。
リョウマは床の上に静かに浮かんだ蒼い玉をそうっとつまみあげてケースに戻すと、早々にベッドにもぐりこんだ。
「んじゃ、おやすみ……」
べつに特定のだれかに向かって言ったつもりもなかったのだが、なんとなくあのケースの中から、ことり、と微かな音がしたような気がした。
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