上 下
135 / 136
第八章 邂逅

10 権力争い

しおりを挟む
 《まず、陛下の状況は秘匿されている》
「ひとく……?」
「秘密にしてるってことよ。ごくわずかの人しか知らないってこと」

 トリーフォンの言葉を、すぐにサクヤが補足してくれる。

「秘密? エルが行方不明になっちまったこと、隠してるってことか」
 《その通り。いま現在で考える、すべてのトラブルを回避するための措置だ》
「そ、そっか……」
 《そもそも、今回の地球脱出作戦についても、本来の理由は国民に知らされておらぬ。もちろん陛下のご尽力により彗星は破砕されたゆえ、みな順次、地球に帰還を開始しているところだ》
「えっと、それは俺らの村のみんなも?」
 《当然だ。《勇者の村》へ送ることはすぐには難しいため、村民はすべてこちらの《保護区》への移送となった。その後のことは、そちら《レンジャー》でおこなってもらうことになっている》

 見回すと、サクヤはじめケントもハルトもコジロウも、リョウマにうなずき返してくる。ちょっと想像するだけでも、なかなか大変な作業になりそうだ。村へ帰りたがるのは恐らく、かなり年老いた村人たちに違いないから。

「あの。ダイダロスのおっちゃんはどうなの? 起きられないって聞いたけど、そんなに悪いのかよ」
 《本人は否定しているが、もう少し安静が必要だと医師は申している。あやつに動いてもらえれば、もう少しこちらの仕事は楽になるのだろうが、致し方ない》

 つまり「ドクターストップ」が掛かっている、ということらしい。

「なにがそんなに問題なんだ?」
 《問題は山積しておる。なにより大きいのは政争問題だ》
「せいそう……?」

 ああ掃除のことか、と思ったリョウマの頭を、サクヤの拳がゴツンとブン殴った。

「痛ってええ! いちいち殴んなやああ!」
「おバカと話してると、話が進まないってのよ! 政争っていうのは、政治的な争いのこと! 要するに、魔王がいなくなって『だれがこの国の次のボスになるか』って、政治の中枢にいるヤツらが敵対し始めてんのよ。つまり権力争いよ。魔王が聞いたら泣くわよ、まったく──」
「えええ?」

 吐き捨てるように言ったサクヤもほかのみんなも、がっかりした顔、閉口した顔、困りはてた顔ばかりだ。

 《我が国は、長らく魔王陛下のお膝もとで少なくとも国内では平和に続いてきた国であろう。陛下がご長命であられること、戦闘力のみならず政治家としても非常に優秀な手腕をお持ちであられることに、我らは少し甘えすぎてきたのかもしれぬ。ここへきて、誰も我が国の頭に座る資格がないことが明らかになっておるのだ。……いや、あるいは、資格のない者ほどその座をほしがると言うべきなのかもしれぬがな》
「ってことは、あんたもダイダロスのおっさんも、その座は欲しくないってこと?」
 《見くびるでない》

 トリーフォンがピクリと目を見開いた。なかなかの殺気だ。

 《左様な下衆ゲスな思いで陛下のおんもとにいたわけではない。それはダイダロスも同じであると信じておる。ただ問題は、サムイルであろうな》
「サムイル?」

 リョウマはイノシシの顔をした、四天王将軍の最後の一人の顔を思い浮かべた。

《こう申してはなんだが、サムイルは四天王の中でもっとも政治向きには不向きと言わざるを得ぬ御仁ごじんよ。決して悪い男ではないのだが、いささか頭のつくりが単純すぎるのだ》
「ふうん?」
《もちろん馬鹿でもなければ愚鈍でもない。ただ、やや人がよすぎるきらいがある。仲間や部下を非常に大切にするゆえでもあるのだが、そのために、お追従ついしょうを言ってすり寄ってくるやからの口車にたやすく乗せられてしまう。今回がよい例だ》
「そ、そうなんか……」
《武官で名乗りをあげたのはサムイルだけだが、ほかに三名の高位文官が「我こそは」と手をあげている。いずれも陛下が長年育ててきた優秀な者らだが、あの稀有な存在たる陛下の後継となるには、いまひとつ不十分。あれやこれやと足らぬ面、ゆきすぎる面が目につくのも事実なのよ》
「うーん。そりゃ、そうなっちゃうんだろうなあ……」
《まあ、そもそもあの陛下の後を継げる者などおらぬ、誰になっても不満が出ることは避けられぬがな》
「それで、政府内ではずーっと、あーでもないこーでもないって話し合いが続いててさあ。なーんにも進まないっていうのよ。呆れるでしょ?」
「いや……うーん。そっか……」

 サクヤの言葉に、リョウマは無意識に腕組みをし、口元を片手でなぞった。
 自分が想像していたよりも、かなりややこしいことになっているようだ。こうして話を聞かされても、自分なんかにはどんな解決策も思いつくはずがない。

「で。問題はあたしたちのことよ」
「あん? 俺たち?」
「そう。《レンジャー》のことはもちろんだけど、村のみんなのこと。そもそも《保護区》を作ってあたしたちを住まわせようってのは、魔王のアイデアだったんでしょ?」
「うん」
「政府内で反対意見は当然あったんでしょうけど、要するに、最終的には魔王があのカリスマと手練手管で、うるさ方を黙らせたから実現したことだったんでしょうよ。それなのに、ここで魔王がいなくなってごらんなさいよ! どうなると思う?」
「うっ……。そりゃ、あぶねーよな」
「そうだろう?」

 今度はケントが憤慨した様子でリョウマに近づいた。サクヤとは反対側の隣に座ってくる。

「あいつが後先考えなさすぎなんだよっ。リョウマをこんな状況に追い込んで──」
《陛下の愚弄は許さぬぞ、青き戦士よ》

 トリーフォンの鋭い声と眼光に制されて、ケントは「うっ」と言ったのみで黙り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

見せしめ王子監禁調教日誌

ミツミチ
BL
敵国につかまった王子様がなぶられる話。 徐々に王×王子に成る

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

処理中です...