135 / 170
第八章 邂逅
10 権力争い
しおりを挟む
《まず、陛下の状況は秘匿されている》
「ひとく……?」
「秘密にしてるってことよ。ごくわずかの人しか知らないってこと」
トリーフォンの言葉を、すぐにサクヤが補足してくれる。
「秘密? エルが行方不明になっちまったこと、隠してるってことか」
《その通り。いま現在で考え得る、すべてのトラブルを回避するための措置だ》
「そ、そっか……」
《そもそも、今回の地球脱出作戦についても、本来の理由は国民に知らされておらぬ。もちろん陛下のご尽力により彗星は破砕されたゆえ、みな順次、地球に帰還を開始しているところだ》
「えっと、それは俺らの村のみんなも?」
《当然だ。《勇者の村》へ送ることはすぐには難しいため、村民はすべてこちらの《保護区》への移送となった。その後のことは、そちら《レンジャー》でおこなってもらうことになっている》
見回すと、サクヤはじめケントもハルトもコジロウも、リョウマにうなずき返してくる。ちょっと想像するだけでも、なかなか大変な作業になりそうだ。村へ帰りたがるのは恐らく、かなり年老いた村人たちに違いないから。
「あの。ダイダロスのおっちゃんはどうなの? 起きられないって聞いたけど、そんなに悪いのかよ」
《本人は否定しているが、もう少し安静が必要だと医師は申している。あやつに動いてもらえれば、もう少しこちらの仕事は楽になるのだろうが、致し方ない》
つまり「ドクターストップ」が掛かっている、ということらしい。
「なにがそんなに問題なんだ?」
《問題は山積しておる。なにより大きいのは政争問題だ》
「せいそう……?」
ああ掃除のことか、と思ったリョウマの頭を、サクヤの拳がゴツンとブン殴った。
「痛ってええ! いちいち殴んなやああ!」
「おバカと話してると、話が進まないってのよ! 政争っていうのは、政治的な争いのこと! 要するに、魔王がいなくなって『だれがこの国の次のボスになるか』って、政治の中枢にいるヤツらが敵対し始めてんのよ。つまり権力争いよ。魔王が聞いたら泣くわよ、まったく──」
「えええ?」
吐き捨てるように言ったサクヤもほかのみんなも、がっかりした顔、閉口した顔、困りはてた顔ばかりだ。
《我が国は、長らく魔王陛下のお膝もとで少なくとも国内では平和に続いてきた国であろう。陛下がご長命であられること、戦闘力のみならず政治家としても非常に優秀な手腕をお持ちであられることに、我らは少し甘えすぎてきたのかもしれぬ。ここへきて、誰も我が国の頭に座る資格がないことが明らかになっておるのだ。……いや、あるいは、資格のない者ほどその座をほしがると言うべきなのかもしれぬがな》
「ってことは、あんたもダイダロスのおっさんも、その座は欲しくないってこと?」
《見くびるでない》
トリーフォンがピクリと目を見開いた。なかなかの殺気だ。
《左様な下衆な思いで陛下の御もとにいたわけではない。それはダイダロスも同じであると信じておる。ただ問題は、サムイルであろうな》
「サムイル?」
リョウマはイノシシの顔をした、四天王将軍の最後の一人の顔を思い浮かべた。
《こう申してはなんだが、サムイルは四天王の中でもっとも政治向きには不向きと言わざるを得ぬ御仁よ。決して悪い男ではないのだが、いささか頭のつくりが単純すぎるのだ》
「ふうん?」
《もちろん馬鹿でもなければ愚鈍でもない。ただ、やや人がよすぎるきらいがある。仲間や部下を非常に大切にするゆえでもあるのだが、そのために、お追従を言ってすり寄ってくる輩の口車にたやすく乗せられてしまう。今回がよい例だ》
「そ、そうなんか……」
《武官で名乗りをあげたのはサムイルだけだが、ほかに三名の高位文官が「我こそは」と手をあげている。いずれも陛下が長年育ててきた優秀な者らだが、あの稀有な存在たる陛下の後継となるには、いまひとつ不十分。あれやこれやと足らぬ面、ゆきすぎる面が目につくのも事実なのよ》
「うーん。そりゃ、そうなっちゃうんだろうなあ……」
《まあ、そもそもあの陛下の後を継げる者などおらぬ、誰になっても不満が出ることは避けられぬがな》
「それで、政府内ではずーっと、あーでもないこーでもないって話し合いが続いててさあ。なーんにも進まないっていうのよ。呆れるでしょ?」
「いや……うーん。そっか……」
サクヤの言葉に、リョウマは無意識に腕組みをし、口元を片手でなぞった。
自分が想像していたよりも、かなりややこしいことになっているようだ。こうして話を聞かされても、自分なんかにはどんな解決策も思いつくはずがない。
「で。問題はあたしたちのことよ」
「あん? 俺たち?」
「そう。《レンジャー》のことはもちろんだけど、村のみんなのこと。そもそも《保護区》を作ってあたしたちを住まわせようってのは、魔王のアイデアだったんでしょ?」
「うん」
「政府内で反対意見は当然あったんでしょうけど、要するに、最終的には魔王があのカリスマと手練手管で、うるさ方を黙らせたから実現したことだったんでしょうよ。それなのに、ここで魔王がいなくなってごらんなさいよ! どうなると思う?」
「うっ……。そりゃ、あぶねーよな」
「そうだろう?」
今度はケントが憤慨した様子でリョウマに近づいた。サクヤとは反対側の隣に座ってくる。
「あいつが後先考えなさすぎなんだよっ。リョウマをこんな状況に追い込んで──」
《陛下の愚弄は許さぬぞ、青き戦士よ》
トリーフォンの鋭い声と眼光に制されて、ケントは「うっ」と言ったのみで黙り込んだ。
「ひとく……?」
「秘密にしてるってことよ。ごくわずかの人しか知らないってこと」
トリーフォンの言葉を、すぐにサクヤが補足してくれる。
「秘密? エルが行方不明になっちまったこと、隠してるってことか」
《その通り。いま現在で考え得る、すべてのトラブルを回避するための措置だ》
「そ、そっか……」
《そもそも、今回の地球脱出作戦についても、本来の理由は国民に知らされておらぬ。もちろん陛下のご尽力により彗星は破砕されたゆえ、みな順次、地球に帰還を開始しているところだ》
「えっと、それは俺らの村のみんなも?」
《当然だ。《勇者の村》へ送ることはすぐには難しいため、村民はすべてこちらの《保護区》への移送となった。その後のことは、そちら《レンジャー》でおこなってもらうことになっている》
見回すと、サクヤはじめケントもハルトもコジロウも、リョウマにうなずき返してくる。ちょっと想像するだけでも、なかなか大変な作業になりそうだ。村へ帰りたがるのは恐らく、かなり年老いた村人たちに違いないから。
「あの。ダイダロスのおっちゃんはどうなの? 起きられないって聞いたけど、そんなに悪いのかよ」
《本人は否定しているが、もう少し安静が必要だと医師は申している。あやつに動いてもらえれば、もう少しこちらの仕事は楽になるのだろうが、致し方ない》
つまり「ドクターストップ」が掛かっている、ということらしい。
「なにがそんなに問題なんだ?」
《問題は山積しておる。なにより大きいのは政争問題だ》
「せいそう……?」
ああ掃除のことか、と思ったリョウマの頭を、サクヤの拳がゴツンとブン殴った。
「痛ってええ! いちいち殴んなやああ!」
「おバカと話してると、話が進まないってのよ! 政争っていうのは、政治的な争いのこと! 要するに、魔王がいなくなって『だれがこの国の次のボスになるか』って、政治の中枢にいるヤツらが敵対し始めてんのよ。つまり権力争いよ。魔王が聞いたら泣くわよ、まったく──」
「えええ?」
吐き捨てるように言ったサクヤもほかのみんなも、がっかりした顔、閉口した顔、困りはてた顔ばかりだ。
《我が国は、長らく魔王陛下のお膝もとで少なくとも国内では平和に続いてきた国であろう。陛下がご長命であられること、戦闘力のみならず政治家としても非常に優秀な手腕をお持ちであられることに、我らは少し甘えすぎてきたのかもしれぬ。ここへきて、誰も我が国の頭に座る資格がないことが明らかになっておるのだ。……いや、あるいは、資格のない者ほどその座をほしがると言うべきなのかもしれぬがな》
「ってことは、あんたもダイダロスのおっさんも、その座は欲しくないってこと?」
《見くびるでない》
トリーフォンがピクリと目を見開いた。なかなかの殺気だ。
《左様な下衆な思いで陛下の御もとにいたわけではない。それはダイダロスも同じであると信じておる。ただ問題は、サムイルであろうな》
「サムイル?」
リョウマはイノシシの顔をした、四天王将軍の最後の一人の顔を思い浮かべた。
《こう申してはなんだが、サムイルは四天王の中でもっとも政治向きには不向きと言わざるを得ぬ御仁よ。決して悪い男ではないのだが、いささか頭のつくりが単純すぎるのだ》
「ふうん?」
《もちろん馬鹿でもなければ愚鈍でもない。ただ、やや人がよすぎるきらいがある。仲間や部下を非常に大切にするゆえでもあるのだが、そのために、お追従を言ってすり寄ってくる輩の口車にたやすく乗せられてしまう。今回がよい例だ》
「そ、そうなんか……」
《武官で名乗りをあげたのはサムイルだけだが、ほかに三名の高位文官が「我こそは」と手をあげている。いずれも陛下が長年育ててきた優秀な者らだが、あの稀有な存在たる陛下の後継となるには、いまひとつ不十分。あれやこれやと足らぬ面、ゆきすぎる面が目につくのも事実なのよ》
「うーん。そりゃ、そうなっちゃうんだろうなあ……」
《まあ、そもそもあの陛下の後を継げる者などおらぬ、誰になっても不満が出ることは避けられぬがな》
「それで、政府内ではずーっと、あーでもないこーでもないって話し合いが続いててさあ。なーんにも進まないっていうのよ。呆れるでしょ?」
「いや……うーん。そっか……」
サクヤの言葉に、リョウマは無意識に腕組みをし、口元を片手でなぞった。
自分が想像していたよりも、かなりややこしいことになっているようだ。こうして話を聞かされても、自分なんかにはどんな解決策も思いつくはずがない。
「で。問題はあたしたちのことよ」
「あん? 俺たち?」
「そう。《レンジャー》のことはもちろんだけど、村のみんなのこと。そもそも《保護区》を作ってあたしたちを住まわせようってのは、魔王のアイデアだったんでしょ?」
「うん」
「政府内で反対意見は当然あったんでしょうけど、要するに、最終的には魔王があのカリスマと手練手管で、うるさ方を黙らせたから実現したことだったんでしょうよ。それなのに、ここで魔王がいなくなってごらんなさいよ! どうなると思う?」
「うっ……。そりゃ、あぶねーよな」
「そうだろう?」
今度はケントが憤慨した様子でリョウマに近づいた。サクヤとは反対側の隣に座ってくる。
「あいつが後先考えなさすぎなんだよっ。リョウマをこんな状況に追い込んで──」
《陛下の愚弄は許さぬぞ、青き戦士よ》
トリーフォンの鋭い声と眼光に制されて、ケントは「うっ」と言ったのみで黙り込んだ。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる