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第七章 共闘
18 出陣
しおりを挟む翌日。予定通り朝一番に「最後の一回」である《ジャンプ》が終わり、《レンジャー》五名とダンパはトリーフォンに呼ばれて艦橋へ向かった。
そこにはすでに、ともにこの作戦で魔王の近くまで飛んでいく予定の二個師団の隊長たち数名も集まっていた。これはいざとなった時、なんとか魔王自身をその場から救出するための人員である。
艦橋の窓からは、遠くからも見えていた巨大彗星がさらに大きく見えている。
皮肉にも、ここから見えるその巨大彗星には少しも不気味な雰囲気はなく、ただただ美しく見えた。真っ黒な宇宙空間の中に、基本的に青白く見える尾をなびかせながら流れていく素早い天体が存在するのは見ものだ。地球に近づくほど、その尾は長く輝くようになるらしい。
地球への危険さえなければ、これは素敵な天体ショーになりうる場面かもしれなかった。しかし、リョウマもほかの面々も、おもわずぐっと喉を鳴らしてその天体を見つめた。美しいだけに恐ろしい。リョウマ自身、そんなこともあるのだと初めて知った。
手短に最後の打ち合わせと確認を行い、艦橋を辞そうとしたところで、トリーフォンが徐に艦長席から立ちあがった。
(えっ……)
それに合わせて、艦橋にいた士官たちがサッと立ち上がり、こちらに敬礼をしてくる。最後にトリーフォンが重々しくこめかみのそばに手をあげて軍隊式の敬礼をよこした。きりりとした大鷲の顔に、その敬礼はいやに似合った。
「勇気ある《レンジャー》の皆々への敬意を表し、勝利と安全を祈念する。どうか、われらの陛下をよろしく頼む。願わくば、かの方のお命だけは、なんとかお救いしてもらいたい。頼むぞ、リョウマ殿」
「わ、……わかった。どうもありがとう。みんなも、トリーフォンのダンナも安全にな。どうか後方支援、よろしく頼む」
「了解した」
トリーフォンの返答を合図に、みながかちっと音をたてて長靴を合わせ、姿勢を正す。
慌てて慣れない敬礼を返し、周囲の士官にも視線をめぐらせ、リョウマは一礼した。ほかの《レンジャー》とダンパもそれに倣い、それぞれに頭を下げてから部屋を後にした。
(なんか……信じられねえな)
今までなら、魔王軍兵士の中にこちらを蔑むような目で見てくる者もいなかったわけではない。だが、今や自分たち《レンジャー》に向けられる彼らの視線はまったく違うものになっている。そこにあるのはただただ、畏怖と期待と願いだ。もちろん、自分たち魔王国の民たち、とくに自分の家族や仲間の安全と平和を願う気持ちによるものだろう。その気持ちは、リョウマ自身にも痛いほど理解できる。
(結局……同じなんだよな。あいつらも、俺たちも)
大事な家族や友達、仲間を守りたい。自分の平和を壊されたくない。根底にあるものは何も変わらない。だれも、だれひとり虐待されたり傷ついたり、大切なものや心の平安を奪われたりしてほしくない。ただそれだけなのだろうと思う。
それでも、ちょっとしたボタンの掛け違いから誤解が生まれ、齟齬が生じて、やがて国家間の争いにまで発展してしまう……。
リョウマもこちらに来てから図書館のデータなどで多くの歴史の一端を知っただけだが、国同士の争乱は非常に複雑でありながら、根底にあるのはどれも結局、そうした「身近な弱い者たちを守りたい」という気持ちでしかない、という気もするのだった。まあ中には、なにかを大いに勘違いした権力者の飽くなき強欲が生み出した悲劇もあるのだけれども。
(だけど、今はチャンスかもしれねえよな)
そうなのだ。これは長年にわたる《勇者の村》と魔王国との諍いに、ある種の終止符を打つチャンスと言えるのかもしれない。
巨大な彗星に、敵同士だった両陣営が手を携えてともに立ち向かったという事実は、これからの地球の歴史をきっと塗り替えてくれるに違いない。いや、そうしなくてはいけないと思う。これだけの犠牲を払った以上は、だ。
(そんで、そのためには、エル……。その世界にお前が絶対、生きて……生き残ってなきゃダメなんだぞ)
ぐっと両手の拳を握りしめてそう思った。
いま、地球上に魔王エルケニヒ以上の指導力と知恵、そしてカリスマを持った者はいない。彼が不在になってしまえば、たとえ彗星を排除できたとしても、その後の世界に混乱を招くことになるかもしれない。
今のところ、どの四天王も──いまやそれも「三天王」となってしまったわけだが──思慮深く、愚かだとは思わない。けれども、権力がらみの話になれば多くの人間の思惑と欲望が絡みあい、ひどく混乱するというのが、歴史の記録上、これまでの世の常だったからだ。
《ミッションM》を構成する人員は、それぞれにスペース・スーツを着用すると、すみやかに作戦用の巡洋艦に移動した。一個師団は重巡洋艦一隻と駆逐艦五隻で構成されているので、全部で十二隻の艦隊ということになる。艦隊はそのまま旗艦《トリーフォン》を離れ、彗星に向けて発進した。
自分のシートに座り、軽い振動に身を任せながらリョウマは胸の上で手を組み合わせ、少しのあいだ目をつぶった。
目を閉じていてすら、頭のなかに思い浮かべた彗星の巨体がぐんぐんと目前に迫ってくるようだ。彗星には生き物の五感を圧迫してくる独特の「圧力」のようなものがあるのかもしれない、と思った。
(まってろよ、エル。もうすぐ。もうすぐだ……!)
願うことは、ただそれだけになっていた。
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