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第七章 共闘
1 申し出
しおりを挟むそうして。
リョウマが魔王との初夜を過ごして十日ほど経ったある日、もと四天王の大将軍、プローフォルの公開処刑が行われた。
魔王が言うには、処刑内容について一応議会を通したとの話だったが、基本的には魔王自身のあまりの怒りのため、ほとんどの臣下たちは口をつぐんだ状態だったのだろうと思われる。
魔王からは一応「そなたも観に行くか」と訊かれたのだが、しばらく考えた挙げ句、リョウマは見物を遠慮した。
そんなものを見たからといって、なんになるのか。あの時のことを思い出して、もっと気分が悪くなるだけだろう。あの恐竜の顔をした男の悲鳴や断末魔や流血沙汰を見せられるのは、どうしても気が進まなかった。
公開処刑は魔都の中心部にある《コロッセオ》と呼称される大きな競技場で行われ、観衆が大勢つめかけたという。それだけではなく、全国にネット配信もされたらしい。まあリョウマには「ネット配信」という言葉の意味がいまひとつわかっていないのだが。
「処刑はつつがなく終了した。あやつを信奉していた連中も一網打尽に捕らえ、それぞれに刑を執行済みだ。もう安心してよいぞ、リョウマ」
「あ、そ……。ごくろーさん」
後宮に戻ってきた魔王にあっさりと告げられて、食後のデザートであるチョコアイスを堪能していたリョウマは一気に食欲を失った。からんとスプーンを放り出す。
事前に聞かされていた処刑内容は、それは凄惨なものだった。だからあえて思い出さないようにしていたというのに、まったくこの男は!
「そ、そんなことより。彗星の──」と言いかけたところで、魔王はすぐに片手をあげて周囲の使用人たちを人払いした。リョウマも「おっと」と口を閉ざす。そうだった。これは一応、この国でもトップシークレットに属する話なのだ。
「えっと、ごめん。で、アレの対処はどーなってる? いまアレ、どのあたりにいんのよ」
「目下の問題はむしろそちらの方だな。ここ何年もかけて建造してきた宇宙艇や戦艦等々で、軌道を逸らすべく何度も波状攻撃を掛けているが、正直、思ったような成果はあがっていない」
「そうなのか……」
「明日から将軍ダイダロスが自ら出向いてくれることになっているが、これまでのデータに鑑みてそれでも難しいだろう、というのが科学者連中の言い分だ」
「えっ。そんなに……?」
このところ、リョウマも後宮でも見られるようにしてくれているネット教材でいろいろと勉強している。それによると、宇宙空間というのは地球上とはまるで環境が違うらしい。
空気はほぼないし、そばに大きな質量をもつ星でもなければ重力もほぼない。宇宙線という、人体に悪影響を及ぼす目に見えないものがいろいろと飛んでいて、ただの人間は丈夫な宇宙服を着るなどしなくてはすぐに死んでしまうという。
そんな中での戦闘行為は、地球上でおこなうときの数倍、いや数十倍の困難を伴うだろう。
「ダイダロスでも難しいって……めちゃ大変じゃねーか。本当に大丈夫なのかよ」
「暢気に構えていられる状況でないのは確かだ。地球に直接衝突する、最悪のシナリオとなった場合にも、できる限りの人々と動植物を逃がす手はずも着々と整えてはいるが。……まさに、《ノアの方舟》だな」
「のあのはこぶね……?」
そこで魔王は、はるか遠い古代人類たちの中にあった伝説のひとつを教えてくれた。それはしかし、地球そのものから逃げるのではなく、地球上に起こった大洪水を人間と動物たちが生き残るという話だった。
「あのさ……。ダイダロスでもダメだったら、もしかしてお前も行くの?」
「それは当然。ほかの誰より魔力と経験の多い私が行かなくて、ほかにだれがこの地球を守る最後の砦となれよう」
「おっ、俺も手伝う!」
飲んでいたオレンジジュースのグラスを音を立ててテーブルに置き、叫んでしまってから「あっ」と思った。
魔王は非常に驚いたのと同時に、なぜかとても悲しそうな顔になったからだ。
「……申し出は嬉しい。だが、ありがたく受け取っておくだけにさせてくれ。リョウマ」
「え、エル……」
「大事なそなたに左様なことをさせたいとは思っておらぬ。そもそも、最初のうちはこの話をそなたら《勇者の村》の面々に話すつもりもなかったのだから」
「……でも。もう知っちまったわけだし。村のみんなも、少しずつこっちへ入植を始めようかってしてるわけだし。第一、ただ黙ってあんたらに守られてるだけなんて、俺はイヤだよ」
「リョウマ」
そうなのだった。
村に残ることをかたくなに主張している年配の村人以外で、希望する若い者たちのうち、最初に選抜された者たちが、少しずつあの《保護区》への移動を始めている。《保護区》には魔王が設置してくれた護衛隊もついてくれるが、《レンジャー》の中からも《イエロー》サクヤと《ブラック》コジロウがついてきてくれているという。
村人は、すでにこちらに馴染んでいる先代の《保護区》の人々との顔合わせを始めており、魔族と人間の違いや、理解し協力しあって暮らしている姿を目の当たりにしているそうだ。
ここへきてようやく、魔族と人間とが血を流さずして、なんとかお互いに歩み寄ろうとしている。
そのタイミングで、あの彗星が日々刻々とこの地球に近づいているのだ。
(俺らだって、なんかしなきゃ。ただここで、指をくわえて待ってるわけにはいかねーだろ)
当然リョウマは、そう思ったのだ。
だが魔王は頑固だった。「それはダメだ。この話はこれで終わりだ」と言って、リョウマが引き留めるのも聞かずに部屋からさっさと出て行ってしまった。
が、もちろんそれであきらめるリョウマではない。
「おいコラ! 待てって!」
全速力で走って追いつき、魔王の袖をがしっと握った。
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