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第六章 迫りくるもの
10 拉致
しおりを挟む目が覚めると、じめじめした地面の上に転がされていた。腕は背後に縛り上げられ、足には鎖のついた足枷がはめられている。少し動くと、ずっと下になっていた側の肩に血流が回復し、次第にじいんと痛んだ。
「……ッつ」
顔を動かすと、腫れているらしい左頬がずきりと痛みを訴える。その時に口の中を切ったらしく、口内に血の味が広がっていた。その痛みと味が、気を失う直前の状況を唐突に、そしてありありと思い出させてきた。
「っくそ……。どこだよ、ここ。いってて……」
いも虫のようにずりずりと地面を這ったり転がったりしながら、可能な範囲で周囲を観察する。
ここはどうやら小さな小屋らしい。板の張られた質素な壁や屋根はどこも隙間だらけで、そこから陽光が差し込んでいる。それはオレンジ色で、今はどうやら夕刻、あるいは朝方ではないかと思われた。なにしろ何時間気を失っていたのかわからないので、朝だか夕刻だかもよくわからない。
襲われたのが午後の時間帯だったことを考えると、最短ならまだ数時間後ということになるが、やっぱりよくわからない。
(ダンパさん、無事なんかな……)
なにより気になるのはそのことだ。
あの時、先に護衛騎士のダンパが意識を失ってその場に倒れた。彼が倒れたあとも、自分のように痛めつけられていたのかどうかはよくわからなかった。それより先にこちらが失神してしまったからだ。
とりあえず、この場にダンパの姿はない。ということは、彼は捕まらずに済んだのかもしれない。そうならいいが、とぼんやり考える。命まで奪われたと考えるとつらすぎるので、それは意図的に考えないようにした。
それより今は、もっと考えねばならないことがある。
(あいつ……きっとあの野郎だよな。いや間違いねえ)
最後に聞こえた、金属の軋むような気持ちの悪い声。
あの声には聞き覚えがあった。歴史上、陸の上を歩く肉食獣のうち、非常に獰猛で最大級だったと言われる生物。「T・レックス」と呼ばれる恐竜の顔をもつ大将軍。四天王の一人、プローフォルだ。第一印象がかなり強烈だったので、忘れるはずがない。
(いったい、なんのつもりだ? 俺をとっ捕まえてどうしようってんだ)
考えながら、縛られた手をそっと動かして探ってみると、幸い魔王からもらった赤い石の指輪はそのままにされていた。
よかった。この指輪の意味を、あのプローフォルは知らなかったらしい。
リョウマはもぞもぞと部屋の端まで這っていき、そこに転がっている壊れた農具の山の陰に隠れてから、そっと声を出した。
「……エル。エルケニヒ。聞こえるか? 俺だよ。おーい。まお~う!」
が、指輪はウンともスンとも言わなかった。
何度か呼び方を変えて呼んでみたが、まったく反応がない。
この指輪を使って呼べば、すぐにも飛んでくるとか言っていたような気がするが、あれは嘘だったのだろうか? それとも、この小屋をなんらかの障害魔法が包んでいるのだろうか。その可能性は高い。
「ん~~~~。どうしよっか」
とりあえず、大したケガもなく生きているのはラッキーだ。
あのプローフォルがなぜこんなことをしたのかは不明だが、いずれにしろ絶対に魔王にとって不都合なことを企んでいるのに違いない。こんな場所からは早く離脱するに越したことはないだろう。
しかし問題がひとつ。
「《武神鎧装》っ! ……っても、使えねーよなあ。はあ……」
がくりと頭を垂れる。
そうなのだ。普段ならあっという間に変身して、こんな戒めなんて引きちぎってしまえるのだが、いかんせん、魔王国には《勇者パワー》が存在しない。《レンジャー》はみな、それを使って変身する。つまり、それがなければ変身もできないのだ。
変身できない自分など、ただの非力な人間の男子にすぎない。
ダメもとで唱えてみたが、やっぱり変身できないらしい。猿轡を噛まされていないということは、ここは少々叫んでみたところで周囲に助けてくれそうな人はいない場所なのだろう。体当たりして、あのボロい扉ぐらいは開けられそうだが、その後またすぐ捕まるのは必至。つまり八方ふさがりか。
「む~~~ん。どーすっか……」
と、考え込んでいたときだった。
いきなりどやどやと数名の足音と気配らしきものが近づいてきたかと思ったら、急に扉が開かれた。
「ふむ。どうやら目覚めたようだな」
急に明るくなったためにまぶしく、思わず細めた目に映ったのは、やはりあの四天王将軍プローフォルのシルエットだった。
軍服にマントの姿は以前と同じ。感情の読めない爬虫類の瞳は、ひたすらに不気味に見えた。周囲に立っている兵士らしい男たちも、それぞれ何かの動物の形質が現れた顔をしているが、いずれも分厚い胸と盛り上がった上腕二頭筋を誇示するような体形の奴らばかりだ。
「プローフォル。やっぱりアンタか。どういうつもりだ、こんなマネしやがって」
「ほほう? まだ口は達者なようだな」
にやり、と笑ったらしかったが、正直T・レックスの表情なんてわからない。やや目を細めてぞろりと並んだ鋭い歯を見せたので、そう思っただけのことだ。
「まあ、いつまでそう言っていられるかは見ものだな。……やれ」
言ってプローフォルがくいと顎を上げると、周囲にいた筋肉バカどもがのそのそとこちらに近づいてきた。
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