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第五章 和平会談
12 要望
しおりを挟む夕刻になった。
三人での訓練を終わって、リョウマたちはみんなが水浴をするために使っている水場に向かい、汗を流した。ハルトとコジロウはそれぞれ戻る家があるため途中で別れる。リョウマはダンパと二人で長老ムサシの家に戻った。
ムサシの家ではゲンゴとサクヤが待っており、夕食をとりながら再び今後の作戦についての話になった。さすがにこの場ではダンパの「空気と思ってください攻撃」は通じず、彼だけは食事を持たされて外に出されたけれども。
リョウマはそこで出された夕食にありつき、ひさしぶりの味に安堵しつつ、古老たちとサクヤによる相談で細かく決まった内容を聞かされることになった。説明したのは主にサクヤだ。
「じゃ、まとめるわよ。その一。こっちの希望者があっちの保護区に入ることは了承する。その二。でも、自治権は渡さない。その三。魔族が保護区に勝手に入ってくることは禁止。その四。衣食住および教育の保証。その五。そこで《勇者パワー》が使える状態にして、《レンジャー》が独自に区域の防衛ができるようにする。その六。税の徴収、その割合なんかは応相談。……と、今のとこ、そんなところかしらね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんないきなり『立て板に水』されたって覚えきれねえよっ」
「この程度が覚えらんないの? たったの六つじゃないのよ。手にでも書いときなさいよ。ほら、長老の筆と墨、貸してもらってさ」
「って。子どもじゃねーんだからよー」
「子ども並みの脳みそだから言ってんでしょうが」
「んだとう!」
「いいから。早く書きなさいってば。ほらっ」
リョウマはうんざりして半眼になった。
そもそも、ここでは紙は貴重品だ。あちらの国では当たり前だった高級紙のメモ帳だの使いやすいペンだのといった便利な筆記具などもない。《勇者の村》の中だけで村民の必要物のすべてを回すとなると、いかにも貧しい暮らしになるのは否めないのだ。筆記用具についても、それが如実に表れているわけだ。
ここではこれが普通であり、一事が万事、そうなのだった。
この村は貧しい。みんな頑張っているし、《勇者パワー》があればこそなんとかなっているけれど。人が少ないというのは、つまりはそういうことなのだ。
「とにかく。この六つが通るように、あんたは尽力しなさいってことよ。魔王が違うことを要求してきたら『俺のこと愛してるなら言うこと聞いてくれよ~』とかなんとかいって、ちょっと涙でも浮かべてさ」
「なっ……ななな、んな恥ずいことができるかっつの!」
「しなきゃしょうがないでしょうが。村のみんなのためよ」
「うっ、うぐぐぐ……」
無理だ。絶対にそんなの無理だ。無理すぎる。大体、そんな役者みたいな器用なまねが自分にできると思うのか。
そもそも、そんな小器用なことをしたからといって、あの魔王が言うことを聞いてくれるはずがない。あいつはこちらの内面を見透かすのに長けている。自分があまりにも感情を顔に出しすぎるだけかもしれないが。
「はああ……」
がっくり肩を落として、リョウマはすごすごと自分の住居に戻った。どこからともなくダンパが現れて、影のようにリョウマの後ろに従った。
「はあ……ただいま」
久しぶりの自分の家だ。リョウマはだいぶ前、育ての親たちに新しい子が生まれたのを機に家を出て、今では一人暮らしをしている。留守が長かったので心配していたが、村のみんなが気を利かせて掃除などをしておいてくれたらしく、小さな家はそれなりにきれいに片付いていた。
長老の家とは比べるべくもないが、ここにも一応、小さな囲炉裏が切ってある。今夜はダンパが来ているため、部屋の片隅には彼のための寝具も運び入れられていた。
が、ダンパは「リョウマ殿と同室に泊まることは、陛下から許されておりませぬゆえ」と言って、上掛けになるものを一枚持っただけで、さっさと外へ出て行ってしまった。さすが律儀な男である。
ひとり部屋に取り残されて、夜着に着替え、リョウマは久しぶりに自分の寝床にもぐりこんだ。
そうして、少しうつらうつらとしかかったときだった。
《……リョウマ》
「へ? ひえええっ」
いきなり、墨書きのメモだらけの自分の手から魔王の声がして、リョウマは飛び上がった。
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