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第五章 和平会談
7 虎の子渡し
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《ただし。期間は十日。さらに、そこの青二才の身柄と引き換えだ。これ以上の譲歩はせぬぞ》
「えっ? 俺?」
声をあげたのは、魔王直々に指さされた男。
《BLブルー》こと、ケントだった。
「は……?」
リョウマも目が点である。
両使節団とも、みんな大体おなじ顔になっている。
もちろん、一番慌てたのはケントだった。
「え、ちょま、待ってくれよ。なんで俺がそっちに行かなきゃならないんだ」
《リョウマの身代わりに十日間こちらで面倒を見る。案ずるな。これ以上ないほどに丁重にもてなすゆえ》
「そっ、そういうことを言ってるんじゃないだろうっ」
「あー。なるほど。そういうことね~」
真っ先に状況を理解したのはサクヤだった。
「まったく、しょーがないわねえ。リョウマあんた、どんだけ魔王に気に入られちゃったのよ」
「はあ? なんだそれどーゆー意味だよっ」
「は? わかんないの? あらあらまあまあ。魔王サマ、お可哀想~」
サクヤが哀れみ満載の瞳で口に手をあて、半笑いの顔を画面に向けると、なぜか魔王が憮然とした顔になった。リョウマにはわけがわからない。
「ど、どーゆーことだよっ」
「だぁから。『虎の子渡し』でしょ? 魔王サマ」
「とらのこ……なんて???」
意味がわからない。わからないが、この場でわかっていないのはどうやらリョウマだけのようだった。
《理由は先ほど申した通りだ。他意はない》
「まぁたまた~、無理しちゃって。まっ、いいわ。あんまり言っちゃ魔王サマだって可哀想だもんね。このクソ鈍感野郎にはあたしからよーく言って聞かせときますから、どうぞご心配なく」
《……かたじけない》
「は? ちょま、待てよっ。何が一体どーなって……むごごっ」
もっとわーわー言ってやりたかったのに、サクヤの剛腕でいきなり口を塞がれた。細く見えるのに意外とバカ力なのだ、この女は。
若人がこうしてわちゃわちゃやっている横で老人がたは何をやっていたかと言うと、この間にとっくに丁寧な暇乞いの挨拶などを交わしていたらしい。
「じゃあ長老様がた、それでいいわね? 長老さまがいいんなら、このままこの場はお開きにしましょ。で、そっちはトキとケントを連れてってくださるう?」
「……承知」
やっぱり憮然とした様子で答えたのは将軍トリーフォンだ。なんだかだいぶ頭痛がしていそうな渋面になっている。
「お、お待ちくださいっ。陛下!」
いきなり進み出たのは騎士団長ダンパだった。そのまま、ざっと地面に片膝をついて頭を下げている。
《なんだ》
「どうか自分も、リョウマ様とともにこちらに留まることをお許しください。リョウマ様の護衛として、お傍につきたく存じますっ」
《うむ。そちら側に異論がなければ許す》
ダンパにそう答えながらも、その瞳はじっとリョウマを見つめている。先ほどまでの憤りはだいぶおさまってきたのか、すでに静かな目だった。だが今度はなんとなく、また寂しそうになっている気がして、リョウマの胸がずきん、と痛んだ。
(なんだよ……その目)
ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。別に悪気なんてなかった。ほんのちょっと、揶揄ってみたい気持ちが湧きおこってしまっただけで。本当はそこまで魔王が自分のことを大事に思ってくれているわけがないと、そう思っていたからこそできたことだ。
しかし、もしも本当にあの魔王が、自分のことをそこまで思ってくれていたのだとしたら……?
「あ……あの。魔王」
魔王は答えない。なんとなくそっぽを向いている。あれはきっとわざとだ。
「えっと……おいって」
なんだか胸がどきどきしてきた。こんな風に、ちゃんと話もできないまま通信を切るのはいやだと思った。しかもこれからしばらくは、あのケントが魔王の側にいることになるというのに。
しかたなく、リョウマはこう言い直した。
「エ、エルケニヒっ」
《なんだ》
ぶすっとした声ながらようやく返事があって、なんだかほっとする。視線もこちらに戻されているのを見て、胸に温かさが戻った気がした。
「あの……ゴメンな。揶揄うつもりなんてなかったんだ。マジで」
《…………》
「あのっ。ちゃ、ちゃんと十日後には帰るから。約束すっから」
《そんなことは当たり前だ》
そう言って魔王はまたひとつ、不機嫌のレベルを下げてくれたように見えた。
魔族としては相当きれいなイケメン顔がふっと柔らかくなって、いつもの眼差しでリョウマを見つめ返す。ほんの少しだけ、ようやく口角も上がってきたようだ。つまり微笑んでくれた。
《待っておるぞ。リョウマ》
「う、うんっ……」
「いや待てよ。俺は? 俺の意思は? こんなの了承してないぞ。ってこら! 放せよ! え? 今すぐ帰るのかよ。ウソだろ? いっ、いやだっ、俺はリョウマと一緒に──」
と叫んでいるケントの両腕は、いつのまにかトリーフォンとアグネスにがっちりと抱え込まれている。書記官のアグネスも、実は相当な腕自慢であるらしい。長いマントに隠れて見えなかったが、二の腕に筋肉が盛り上がっている。
「待てって! いやだ! 俺はリョウマともっと、ああっ、リョウマああああ~~っ!」
悲しみに満ちたケントの声は、《転移》の魔方陣が消え去るのと同時に、嘘のようにその場から消え去っていた。
残されて半ば呆然としている面々の頭の上に、ぴょろろ、と間の抜けた鳥の声が吹き抜けていった。
「えっ? 俺?」
声をあげたのは、魔王直々に指さされた男。
《BLブルー》こと、ケントだった。
「は……?」
リョウマも目が点である。
両使節団とも、みんな大体おなじ顔になっている。
もちろん、一番慌てたのはケントだった。
「え、ちょま、待ってくれよ。なんで俺がそっちに行かなきゃならないんだ」
《リョウマの身代わりに十日間こちらで面倒を見る。案ずるな。これ以上ないほどに丁重にもてなすゆえ》
「そっ、そういうことを言ってるんじゃないだろうっ」
「あー。なるほど。そういうことね~」
真っ先に状況を理解したのはサクヤだった。
「まったく、しょーがないわねえ。リョウマあんた、どんだけ魔王に気に入られちゃったのよ」
「はあ? なんだそれどーゆー意味だよっ」
「は? わかんないの? あらあらまあまあ。魔王サマ、お可哀想~」
サクヤが哀れみ満載の瞳で口に手をあて、半笑いの顔を画面に向けると、なぜか魔王が憮然とした顔になった。リョウマにはわけがわからない。
「ど、どーゆーことだよっ」
「だぁから。『虎の子渡し』でしょ? 魔王サマ」
「とらのこ……なんて???」
意味がわからない。わからないが、この場でわかっていないのはどうやらリョウマだけのようだった。
《理由は先ほど申した通りだ。他意はない》
「まぁたまた~、無理しちゃって。まっ、いいわ。あんまり言っちゃ魔王サマだって可哀想だもんね。このクソ鈍感野郎にはあたしからよーく言って聞かせときますから、どうぞご心配なく」
《……かたじけない》
「は? ちょま、待てよっ。何が一体どーなって……むごごっ」
もっとわーわー言ってやりたかったのに、サクヤの剛腕でいきなり口を塞がれた。細く見えるのに意外とバカ力なのだ、この女は。
若人がこうしてわちゃわちゃやっている横で老人がたは何をやっていたかと言うと、この間にとっくに丁寧な暇乞いの挨拶などを交わしていたらしい。
「じゃあ長老様がた、それでいいわね? 長老さまがいいんなら、このままこの場はお開きにしましょ。で、そっちはトキとケントを連れてってくださるう?」
「……承知」
やっぱり憮然とした様子で答えたのは将軍トリーフォンだ。なんだかだいぶ頭痛がしていそうな渋面になっている。
「お、お待ちくださいっ。陛下!」
いきなり進み出たのは騎士団長ダンパだった。そのまま、ざっと地面に片膝をついて頭を下げている。
《なんだ》
「どうか自分も、リョウマ様とともにこちらに留まることをお許しください。リョウマ様の護衛として、お傍につきたく存じますっ」
《うむ。そちら側に異論がなければ許す》
ダンパにそう答えながらも、その瞳はじっとリョウマを見つめている。先ほどまでの憤りはだいぶおさまってきたのか、すでに静かな目だった。だが今度はなんとなく、また寂しそうになっている気がして、リョウマの胸がずきん、と痛んだ。
(なんだよ……その目)
ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。別に悪気なんてなかった。ほんのちょっと、揶揄ってみたい気持ちが湧きおこってしまっただけで。本当はそこまで魔王が自分のことを大事に思ってくれているわけがないと、そう思っていたからこそできたことだ。
しかし、もしも本当にあの魔王が、自分のことをそこまで思ってくれていたのだとしたら……?
「あ……あの。魔王」
魔王は答えない。なんとなくそっぽを向いている。あれはきっとわざとだ。
「えっと……おいって」
なんだか胸がどきどきしてきた。こんな風に、ちゃんと話もできないまま通信を切るのはいやだと思った。しかもこれからしばらくは、あのケントが魔王の側にいることになるというのに。
しかたなく、リョウマはこう言い直した。
「エ、エルケニヒっ」
《なんだ》
ぶすっとした声ながらようやく返事があって、なんだかほっとする。視線もこちらに戻されているのを見て、胸に温かさが戻った気がした。
「あの……ゴメンな。揶揄うつもりなんてなかったんだ。マジで」
《…………》
「あのっ。ちゃ、ちゃんと十日後には帰るから。約束すっから」
《そんなことは当たり前だ》
そう言って魔王はまたひとつ、不機嫌のレベルを下げてくれたように見えた。
魔族としては相当きれいなイケメン顔がふっと柔らかくなって、いつもの眼差しでリョウマを見つめ返す。ほんの少しだけ、ようやく口角も上がってきたようだ。つまり微笑んでくれた。
《待っておるぞ。リョウマ》
「う、うんっ……」
「いや待てよ。俺は? 俺の意思は? こんなの了承してないぞ。ってこら! 放せよ! え? 今すぐ帰るのかよ。ウソだろ? いっ、いやだっ、俺はリョウマと一緒に──」
と叫んでいるケントの両腕は、いつのまにかトリーフォンとアグネスにがっちりと抱え込まれている。書記官のアグネスも、実は相当な腕自慢であるらしい。長いマントに隠れて見えなかったが、二の腕に筋肉が盛り上がっている。
「待てって! いやだ! 俺はリョウマともっと、ああっ、リョウマああああ~~っ!」
悲しみに満ちたケントの声は、《転移》の魔方陣が消え去るのと同時に、嘘のようにその場から消え去っていた。
残されて半ば呆然としている面々の頭の上に、ぴょろろ、と間の抜けた鳥の声が吹き抜けていった。
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