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第五章 和平会談
6 交換交渉
しおりを挟む《ダメだ》
しかし。
魔王の返事はにべもなかった。そして想像以上の速さだった。
《トキの帰還は許す。が、リョウマの返還は許さぬ》
「いやいやいや。横暴だろ!」
思わずリョウマは噛みついていた。
じつはあのまま、《勇者の村》の使節も同席した状態で、アグネスの手によって魔王との通信画面を開くことになった。あの多忙な魔王がすぐに出てくれるとは思えなかったが、今回は運よく時間のあるタイミングだったようで、すぐに連絡に応じたのだ。
「なんで俺は戻っちゃダメなんだよっ」
《わからぬのか? まことに?》
「わかるかよっ。ちょっと里帰りするぐれーのこと、いいじゃんか」
《里帰り……?》
魔王が目を細めて肘をつき、じいっとリョウマを睨んだ。そのあと、周囲の将軍と大臣と騎士団長のこともじいっと睨んだらしい。彼らがビリッと緊張したのが肌でわかった。
《そもそもトキは、そなたと交換のような形で《勇者の村》に送った人間の子だ。だというのに、リョウマもトキも元の場所に戻らせてしまっては、今後の会談の流れにも影響が出てしまいかねぬであろうが》
「ぐっ……」
《残念ながら、そちらの村とわれらの間にはまだ信頼関係が築かれておらぬ。話し合いのための担保はどうしても必要だ。トキをこちらに返していただけることは感謝申し上げるが、リョウマをそちらに戻すことには不承知だ》
それは一応、一理ある。
《トリーフォンやウルムまで、いい大人が雁首揃えてなにをやっておる。リョウマはともかく、そなたらにしてはおふざけが過ぎるのではないか?》
「は、ははっ」
「まことに、申し訳もなきことで」
名指しされた二名は慌てて頭を下げた。すっかり緊張で表情も固まってしまっている。
あらためて「ああ、こいつってやっぱり魔王なんだな」とリョウマは変な感慨を抱いた。日々リョウマにやたら甘い言葉を吐き、エロいことを仕掛けてきている姿ばかり見ていると、つい失念してしまうけれど。こういうのを見ると、あらためて実感してしまう。こいつはあの魔王なのだと。
と感心してばかりもいられない。リョウマは気を取り直して画面の前に立ちはだかった。
「いやそーじゃねえだろあんた。そういう理由じゃねーだろが、いい加減にしろや」
「お、おいっ。リョウマ殿っ」
慌てて口を挟んだのはダンパだ。彼もやや青ざめて、必死にリョウマを押しとどめようとしている。傍で聞いている《勇者の村》の面々はもっと衝撃を受けているようだった。特に長老の二人は、リョウマと魔王を見比べるようにしながら、ぽかんと口をあけている。
リョウマは構わず腕組みをして、画面の中の魔王をぐいと睨みつけた。
「自分に正直になれっつーの。なんかえらそーなこと言ってるけどよ。結局、めちゃめちゃ個人的な理由で引き留めてんだろあんた。え? 正直に言ってみろや、おお?」
《…………》
「俺がいねーと寂しーんだろ? ん? そーなんだろっつの」
「ひいっ。リョ、リョウマどのっ……! そのくらいでっ」
魔王の片眉がぴくりと上がり、こめかみのあたりに血管が浮き出たのを見て、ダンパがさらに慌てた。意味もなくリョウマの口の前でばたばたと両手を振ってみたりしている。なんだか可愛い。
魔王はしばらく沈黙し、じっとリョウマを見つめていた。気のせいか、画面ごしだというのに周囲の空気が何度も温度を下げているようだった。
と、魔王の唇だけが小さく動いた。声は出さなかったのでまったく聞こえなかったが、どうやらその唇は「これは、お仕置きだな」と言ったように見えた。
(うっ……)
やばい、と思ったがもう遅かった。魔王は「よくわかった」と言って居住まいを正すと、もとどおりに表情を改めてこちらに向きなおった。
《リョウマ。確認するぞ。こちらに戻ってくる気はあるのだな?》
「え? それは……ええと。まあ、そうだな」
正直、最初からこっちに留まるつもりもなかったのだし、戻る気でいた。だからあらためてそう訊かれてしまうと戸惑ってしまう。が、その中途半端な反応はこの場合に限ってだけはまずかった。魔王は完全に反対の意味で受け取ってしまったらしい。
(しまった……)
今日は金色にしているらしい両眼が、炎を宿したようにめらめらと燃えはじめている。これは相当、腹を立てているときの顔だと思った。
「え。ちげーよ? なんか誤解してるって。そうじゃなくってよ──」
《リョウマ。必ず私のもとに戻ると約束せよ。それならば許す》
「え? マジ?」
いやいやいや。声も表情もめちゃくちゃ怒ってるだろあんた。
と思ったが、次の言葉にはさらに驚いた。
《ただし。期間は十日。さらに、そこの青二才の身柄と引き換えだ。これ以上の譲歩はせぬぞ》
「えっ? 俺?」
声をあげたのは、魔王直々に指さされた男。
《BLブルー》こと、ケントだった。
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