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第五章 和平会談
5 トキ少年
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その後、あれこれと細かな点の確認等を済ませたあと、その日の会談はお開きとなった。双方とも、議題に出た内容を互いに持ち帰って精査し、検討する必要があるからである。
次の会談の日時を決め、使節団を代表してトリーフォンが閉会の挨拶をし、帰り支度を始めたところで、ケントがささっとリョウマに近づいてきた。
「今日は村に泊まってくんだろ? な、リョウマ」
「えっ。そんなつもりは──」
思わぬ申し出にびっくりしてしまう。周りにいたトリーフォンとダンパが、ちらりと厳しい眼光をケントに投げた。
(あれっ。でも俺──)
リョウマはなぜか何も考えず、自分もトリーフォンたちと同じように行動するものだと頭から決めつけていた。つまり、まっすぐ魔王城に帰るものだと。そんな自分が、今更ながら不思議になる。以前なら絶対に考えられなかったことだ。
「ごめん。そんなこと、まるっきり考えてなかったから」
「は? なんでだよっ。お前の故郷はこっちだろ。お前、あの戦闘からずーっと行方不明になってて、魔王から連絡がくるまでみんな心配してたんだぞっ。生きてたってわかってから、お前と話がしたいってやつもたくさんいるし」
「え、ええっと……」
「っていうか。もう帰ってこいよ。リーダーのお前がいなきゃ、俺ら《レンジャー》としてカッコつかないし。必殺技もできないんだぞ」
「あ、それはそうね。悔しいけど」
ケントのすぐそばにやってきたサクヤもうなずいて見せてくる。リョウマは困惑した。
「いやいや……そんなわけいかねーだろ。今は俺、一応魔王の使節なんだし」
「それはそうかもしれないけどっ。あの子、トキもさ。いい加減、そっちの村へ帰してやんなきゃダメだろ? あの子はそっちに育ての親だって、友達だっているみたいだし。可哀想じゃないのかよ」
「……そうなの?」
驚いて見れば、トキ少年は褐色の頬をやや赤らめて困ったように苦笑いをした。
「そうなんですけど……いいんです。これが今回、魔王さまから俺に与えられた使命だから。使命を全うするまでは帰りません。いえ、帰れません。そう決めて、魔王さまともお約束してここに来てますし」
「いや、でもよ……」
トキ少年はまだ子どもの年齢なのだ。あまり長く故郷から引き離すのはダメだろう。ケントの言う通りだ。あまりにも可哀想すぎる。
と、横からウルムが話に入ってきた。
「お役目については、そなたは今回すでに十分果たしたであろう」
「えっ。ほんとうですか」
トキの目がハッと見開かれた。
「もちろんじゃとも。今回、ここまで村人たちの心を和らげたことについては、そなたの功績が大きいのは間違いない。魔王さまもそれはお認めになっておられるぞ。そうでなければこの話し合いそのものが実現せんかったことじゃろう。こちらの《人間の村》での人間の扱いについて、そなたがその身をもって村人に知らしめたことは大きいぞよ」
「ウルム様……!」
トキ少年の目が、嬉しさでぱっと輝いた。そこはさすがにまだ子ども。本心に嘘はつけないようである。きっと、まっすぐで素直な性格の子なのだろう。《勇者の村》の村人たちとも、早い段階で打ち解けて話ができる関係を作ってきたものらしい。さすがは魔王の人選というべきか。
ウルムは心から嬉しそうなトキに向かってにっこりうなずくと、まずはこちらの村の長老たちに向きなおった。
「というわけで、いかがじゃろうか。トキをそろそろこちらの国に返しても、そちらは構わぬであろうかの」
ムサシとゲンゴが顔を見合わせ、少し考えてからうなずきあう。
「構いませぬ。もとより、人間の少年であるトキをこちらで人質のように扱うつもりはございませなんだ」
「単純に、お預かりをしていたまでのことゆえ」
「さすがはムサシ殿、ゲンゴ殿じゃ。ご英断に礼を申そう」
「英断などと。とんでもなきこと」
「左様なことは、どうか」
ウルムはにこにこ笑った顔のまま、今度はトリーフォンに向き直った。
「どうじゃな。今回、この少年を連れ帰る件、魔王さまにお伺いを立ててみぬか」
「陛下のご判断を仰ぐのだな。私は構わぬぞ」
「リョウマ殿の件はいかがなさるので」
口を挟んだのは騎士団長ダンパだ。
「ふむ。そちらも合わせてご判断いただこうかの」
「えっ。マジっすか」
リョウマはちょっとぽかんとして、優しく柔らかい灰色ウサギの老人を見つめてしまった。ケントはリョウマの隣であからさまに嬉しそうになり「ぜひ、お願いします!」と即答していた。
(おいおいおい。マジかよ)
なんだかイヤな予感がする。
が、ひとまずリョウマも苦笑してうなずくしかなかった。なにより、トキ少年のためだ。彼をあちらに返せれば、当面、自分のことはどうでもいいのだ。
次の会談の日時を決め、使節団を代表してトリーフォンが閉会の挨拶をし、帰り支度を始めたところで、ケントがささっとリョウマに近づいてきた。
「今日は村に泊まってくんだろ? な、リョウマ」
「えっ。そんなつもりは──」
思わぬ申し出にびっくりしてしまう。周りにいたトリーフォンとダンパが、ちらりと厳しい眼光をケントに投げた。
(あれっ。でも俺──)
リョウマはなぜか何も考えず、自分もトリーフォンたちと同じように行動するものだと頭から決めつけていた。つまり、まっすぐ魔王城に帰るものだと。そんな自分が、今更ながら不思議になる。以前なら絶対に考えられなかったことだ。
「ごめん。そんなこと、まるっきり考えてなかったから」
「は? なんでだよっ。お前の故郷はこっちだろ。お前、あの戦闘からずーっと行方不明になってて、魔王から連絡がくるまでみんな心配してたんだぞっ。生きてたってわかってから、お前と話がしたいってやつもたくさんいるし」
「え、ええっと……」
「っていうか。もう帰ってこいよ。リーダーのお前がいなきゃ、俺ら《レンジャー》としてカッコつかないし。必殺技もできないんだぞ」
「あ、それはそうね。悔しいけど」
ケントのすぐそばにやってきたサクヤもうなずいて見せてくる。リョウマは困惑した。
「いやいや……そんなわけいかねーだろ。今は俺、一応魔王の使節なんだし」
「それはそうかもしれないけどっ。あの子、トキもさ。いい加減、そっちの村へ帰してやんなきゃダメだろ? あの子はそっちに育ての親だって、友達だっているみたいだし。可哀想じゃないのかよ」
「……そうなの?」
驚いて見れば、トキ少年は褐色の頬をやや赤らめて困ったように苦笑いをした。
「そうなんですけど……いいんです。これが今回、魔王さまから俺に与えられた使命だから。使命を全うするまでは帰りません。いえ、帰れません。そう決めて、魔王さまともお約束してここに来てますし」
「いや、でもよ……」
トキ少年はまだ子どもの年齢なのだ。あまり長く故郷から引き離すのはダメだろう。ケントの言う通りだ。あまりにも可哀想すぎる。
と、横からウルムが話に入ってきた。
「お役目については、そなたは今回すでに十分果たしたであろう」
「えっ。ほんとうですか」
トキの目がハッと見開かれた。
「もちろんじゃとも。今回、ここまで村人たちの心を和らげたことについては、そなたの功績が大きいのは間違いない。魔王さまもそれはお認めになっておられるぞ。そうでなければこの話し合いそのものが実現せんかったことじゃろう。こちらの《人間の村》での人間の扱いについて、そなたがその身をもって村人に知らしめたことは大きいぞよ」
「ウルム様……!」
トキ少年の目が、嬉しさでぱっと輝いた。そこはさすがにまだ子ども。本心に嘘はつけないようである。きっと、まっすぐで素直な性格の子なのだろう。《勇者の村》の村人たちとも、早い段階で打ち解けて話ができる関係を作ってきたものらしい。さすがは魔王の人選というべきか。
ウルムは心から嬉しそうなトキに向かってにっこりうなずくと、まずはこちらの村の長老たちに向きなおった。
「というわけで、いかがじゃろうか。トキをそろそろこちらの国に返しても、そちらは構わぬであろうかの」
ムサシとゲンゴが顔を見合わせ、少し考えてからうなずきあう。
「構いませぬ。もとより、人間の少年であるトキをこちらで人質のように扱うつもりはございませなんだ」
「単純に、お預かりをしていたまでのことゆえ」
「さすがはムサシ殿、ゲンゴ殿じゃ。ご英断に礼を申そう」
「英断などと。とんでもなきこと」
「左様なことは、どうか」
ウルムはにこにこ笑った顔のまま、今度はトリーフォンに向き直った。
「どうじゃな。今回、この少年を連れ帰る件、魔王さまにお伺いを立ててみぬか」
「陛下のご判断を仰ぐのだな。私は構わぬぞ」
「リョウマ殿の件はいかがなさるので」
口を挟んだのは騎士団長ダンパだ。
「ふむ。そちらも合わせてご判断いただこうかの」
「えっ。マジっすか」
リョウマはちょっとぽかんとして、優しく柔らかい灰色ウサギの老人を見つめてしまった。ケントはリョウマの隣であからさまに嬉しそうになり「ぜひ、お願いします!」と即答していた。
(おいおいおい。マジかよ)
なんだかイヤな予感がする。
が、ひとまずリョウマも苦笑してうなずくしかなかった。なにより、トキ少年のためだ。彼をあちらに返せれば、当面、自分のことはどうでもいいのだ。
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