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第五章 和平会談
2 再会
しおりを挟む足元の地面が消え、体の中心がどこにあるのかわからず、眩暈がしているような感覚がほんの十秒ほど続いた。
と思ったらもう、リョウマは緑の草原の上に立っていた。
なんだか非常に懐かしいものを覚える景色だったが、今のリョウマはそれに気づくどころではなかった。どうしようもない吐き気に襲われたのである。
「うっ……」
「大事ございませぬか、リョウマ様」
落ち着いた声で真っ先に案じてくれたのは騎士団長のダンパだった。
「う、うん……ちょっと」
「ご無理なさいますな。《転移》の魔法は、慣れぬうち、少し吐き気を伴いまする」
「ん、大丈夫。もうだいぶおさまってきたから」
「左様ですか……」
いかつい武人の体の上に可愛いパンダの顔をくっつけた騎士団長は、意外と細やかに気のきく優しい人柄であるらしい。今回の会談では、特にリョウマのことを魔王から頼まれているのかもしれなかった。
「ダンパ殿。あちらはもう、到着なさっておるようですぞ」
使節団の一員である、灰色ウサギの顔をした男が言った。これは名をウルムという。文官としてはかなり高位にある人、つまり大臣級らしい。非常に可愛らしいウサギ顔なのだが、すでに初老である上、実はかなりのやり手なのだという。一見して、とてもそうは見えないが。
「あちらはすでにお揃いのようですね」
男のそばに静かに立っているカエル顔の女性が言った。名をアグネスという。この人は基本的にこのウサギ大臣の秘書官という立場らしい。ここに選ばれてくるのだから、やっぱり相当優秀な人なのだろうと思われた。
やっと気分が落ち着いてきて目をあげると、ウルムとアグネスの言うとおりだった。リョウマとしては見慣れた布テントがすこし向こうの草地に張られている。その手前に、見覚えのある面々が五名、こちらを向いて立っていた。
「サクヤ! ケント……!」
そうだった。あちらは長老のうちの二人とサクヤ、そしてケント。さらに、こちらから先に出向いた人間の少年、トキだった。
先頭に立っている長老がこちらに頭を下げると、あとの者たちがそれに倣う。こちらも、それに合わせて頭をさげ、ゆっくりした足取りで彼らの方へ近づいた。
お互いの間が三十歩ほどまで近づいたところで、その長老が改めてまた頭をさげた。
「遠いところをはるばるお越しいただき、ありがとう存じまする」
この長老、名をムサシという。かつて、四代ほど前の《BLレッド》を務めた人で、かなりの高齢ながら今でも背筋のすっと伸びた、矍鑠たる老人である。《レッド》の大先輩として、リョウマもずっと尊敬してきた人だ。
「こちらこそ、お迎えの手間をとらせ申し訳もなきことにございまする。《転移》魔法を使用しておりますゆえ、なんら遠くはございませぬ。お気になさらずに」
穏やかに礼儀正しく返したのは将軍トリーフォンだ。この男もまた、いかつい大鷲の顔ながら鷹揚とした落ち着きのある人物である。さすがは四天王と言うべきか。
「ともあれ、ささやかな茶菓などを用意させておりまする。どうぞこちらへ」
「これはかたじけない」
長老に誘われるまま、五名はテントに入った。
いかにも会談の場らしく、そこには白布を掛けた大きめの四角いテーブルが置かれていた。片側に《勇者の村》、もう片方に魔王軍側が席を占める。
その間、リョウマはずっとサクヤとケントの鋭い視線を浴びつづける羽目になった。
とはいえ、今は勝手な私語のできる時間ではない。かれらの視線にそれなりに目だけで答えつつ、リョウマも末席にあたる場所の椅子に座った。
リョウマの目の前には、あのトキ少年が不安そうな顔でそっと座った。
会談は、まずお互いの自己紹介から始まった。
あちらのもう一人の長老は、名をゲンゴという。ムサシよりは少し若いが、やはり高齢だ。この人は《レンジャー》ではなかったものの、長年村の中枢を担ってきた重要人物でまちがいなかった。
互いに話し合いの末、司会にあたる仕事をこのゲンゴが担当することになった。会談の記録係はカエル顔の女性アグネスが買って出た。
「まずは先日の通信で話し合われたことを、確認いたしましょうか」とゲンゴが言い、本格的に会談が始まった。
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