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第四章 勇者の村

16 枕と角

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 結局その日はたんまりステーキを食わされて腹いっぱいになり、侍従や侍女たちの手で入浴やら夜着への着替えやらをあっという間に済まされたと思ったら、そのまま魔王のベッドに引きずり込まれた。
 もちろんリョウマは「なにすんだヴォケえええっ」と叫んで暴れまくったが、別に魔王は意図があってそうしたわけではないようだった。

「まあそう言うな。したい話もあることだし」

 この一点張りである。ぐぬぬぬ、となりつつも、リョウマ自身ももう少しこいつと話をしなくてはならないことは理解していた。しかたなく「なんもすんなよ。ぜってーすんなよ」と何度も念を押してから、ごそごそと魔王専用のでかいベッドにもぐりこんだ。
 魔王はにこにこしながら「もちろんだ」とうなずいた。そのままリョウマのすぐ隣に横になる。肘で頭をささえてこちらを向いた顔は、なぜか非常に嬉しそうである。なんだかもやもやと腹が立つ。

「んで? 話ってなによ」
 紺色の、とてもいい匂いのする大きな枕をしっかり抱えこんだ状態でリョウマは訊ねた。
「今後のことだ。まずは明日の予定なのだがな」
「うん?」
「一度、わが軍の将軍たちとの顔合わせが必要ではないかと思う」
「しょ、ショーグン……?」

 はて、と記憶をたぐる。
 「将軍」と言えば、おそらく《レンジャー》として戦場で顔を合わせたことがある相手ではないだろうか。そう言ったら、魔王は「そうだ」と首を縦にふった。

「ただ、《レンジャー》であったときに相対あいたいしただけならば、そなたの顔は知らぬと思う。声に覚えがある者はいるかもしれぬが」
「ん~? じゃ、バレない方がいいってことか? どうせまた『王配だ』っつて紹介するつもりなんだろ」
「私はそのつもりだ。だが同時に《BLレッド》だと紹介すると、反発は必至だろうな」
「そりゃそーだろーよ……」

 そもそも、こいつがいきなり自分を「王配にする」と言い出したのがおかしいのだ。配下の将軍たちが反発しないわけがない。ただの人間だったならまだしも──いや、それだけでも十分反対される理由になるが──あの《BLレッド》が相手だなんて!

「つうか、『すぐ殺せ』っつーんじゃねえの? 特にアイツ……ダイダロスだっけか。あいつは特に」
「ダイダロス将軍か。そうかもしれぬな」

 将軍ダイダロス。
 リョウマたちが、これまでで最も多く対決してきた将軍だ。巨躯をもつ、非常な押し出しの男で、顔は勇壮なライオン。黄金色に輝く瞳に、背中には天使のような巨大な白い羽を持っており、爪は鷹のもの、尻尾はヘビのもの……という、いわゆる《混合獣人》と呼ばれる男だ。
 敵とはいえなかなか天晴れな男で、これまで無駄な中傷や煽る言葉を吐いたことはないし、卑怯な罠を使ったり人質を取って脅迫したりといったこともいっさいしたことがない。残念ながらほかの将軍や配下の魔族ならよく使った手法だが、ダイダロスだけはそうした行いを恥じていたようだった。配下の兵らからの信頼は絶大で、リョウマ自身も敵でさえなければ友達になれたかも、と思わぬではない好敵手あいてだったのである。

「ほかの将軍に会う前に、まずはダイダロス将軍から会ってみぬか。やつならばまだ、話がしやすい。道理のわかる男ゆえ」
「ん~。ま、あんたがそう言うなら」
「よしよし」

 またもや頭をぽすぽすされて、むかあと腹の中に怒りが湧く。

「だっから! ガキじゃねえんだって!」
「わかったわかった。では休もう」
「おいっ。ここで寝ろってか? 俺は部屋に戻せよ」
「どうしてだ? いまさら面倒ではないか。侍従たちもそろそろ仕事を終える時間だぞ」
「って、あんたがこっちへ勝手に連れてきたんだろーがよっっ」
「なにもせぬゆえ。共寝ぐらいは許してくれぬか。な? リョウマ」
「『な?』じゃねえっ。あっ、こらっ。寝たフリすんなやあああっ」

 魔王はもう目を閉じてしまい、そのくせものすごい力で枕ごとリョウマの腰のあたりを抱き寄せている。どんなに暴れても逃げられない。目や鼻のあたりをブン殴ってやろうかと思ったら、角を巧みに変形させていて、ちょうど顔の防具のようになっている。殴っても殴っても、これでは意味がない。
 まったくもって腹が立つ。
 しかし、腰を抱いている魔王の手が妙に温かくて、ほっとする自分もいるのだ。

(……くっそう。どうしちまったんだ、俺……)

 しばらくぶつぶつ言っていたリョウマだったが、やがて不思議な安心感と温かさに包まれて、いつのまにか夢の世界へと旅立っていた。
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