墜落レッド ~戦隊レッドは魔王さまに愛でられる~

るなかふぇ

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第四章 勇者の村

15 ステーキ

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 魔王城に帰ってきてからしばらく、リョウマは自室にこもった。
 《保護区》で見聞きしてきたこと、自分の故郷《勇者の村》の事情や歴史。それらが一気に脳の中に満杯になり、めちゃくちゃに混ぜあわさって溢れ出てしまいそうだ。とにかく混乱していた。
 魔王の侍従長ガガノフや、護衛のダンパなどがときおり様子を見に来てくれたようだったが、リョウマはベッドにもぐりこんだまま、すべての訪問をシャットアウトしていた。

 それでも夕食の時間はやってくる。
 魔王は基本的に、よほどの用事がなければリョウマと食事の席をともにしたがった。今日のように、大切な用事があってリョウマがひとりで出かけた場合は、その状況を知るためにぜひとも同席したがるはずだった。
 ガガノフやほかの侍従、侍女たちが何度か食事の時間を知らせに来てくれたが、リョウマは「食欲がない」と断り続けた。
 そしてしまいに、とうとうこの男がやってきた。

「どうしたのだ、リョウマ。食欲がないと聞いたが」
「うるせえよう。来んなようっ」

 もちろん、魔王だ。
 部屋の外はすっかり暗くなっているようで、部屋の中は暗めに落とした《電気》とかいうものによる灯りがあるだけだ。そこに現れた巨躯の男は、ぬうっと余計に大きく見えた。

「そろそろ夕食の時間だぞ。みな、そなたを待っているのだが。もちろん私もな」
「……食いたくねえ」
 布団の下から目だけをちょっと出して、リョウマはぼそっと答えた。
「そうなのか?」

 言いながら魔王がベッドの端に座ったことは、きしっと音をたててマットレスが少し沈んだことで理解した。

「今日はそなたの大好きな厚切り肉のステーキなのに。本当にいいのか?」
 リョウマは布団の中で溜め息をついた。
「……おめーよお。そう言えば俺が、大喜びで飛び起きるとか思ってんだろ」
「いや、すまぬ。さすがにそこまでは思っていない。バカにするつもりはなかった。許してくれ」

 布団の上から、ぽすぽすと体を叩かれたのがわかった。
 なぜだかわからないが、ほっとする。そこからじわじわと、嬉しくて温かなものが胸に沁みとおってくるのだ。……忌々しいことに!

「あちらでのことは、ダンパたちから少し伝え聞いている。とはいえそなたの考えは直接聞きたいと思っていた。……が、今は無理か」
「うう~ん……」

 難しい。なにしろ、頭の中がごちゃごちゃなのだ。
 これで二日後にはまた《勇者の村》の面々と会談をしなくてはならない。だから魔王と事前に話をしておくことは重要だ。それも、なるべくきちんと詳細に。それはわかっているのだが。どうしても言葉がまとまってくれない。感情はもっとまとまらない。

「わかんね。正直もう、なにがなんだか」
「……そうか」
「マサチカさんたちの言うこと、わかると思った。正直ほんと、『申し訳ねえ』って。あの村が昔魔族に襲われたとか、あの村の子たちが魔族にイジメられたこともあるって聞いて、マジ腹たったし。ほんと、申しわけなくて」
「だがそれは、そなたのせいではないとも言われたのであろう?」
「そうかもしんねえけど。『まったく関係ねえ』ってわけにはいかねーじゃん。俺、《レンジャー》なんだし」
「……ふむ」

 軽く体を叩いてくれていた魔王の手が離れていったのを感じて、リョウマはゆっくりと身を起こした。癖のある髪の毛が、例によって大爆発している。それがわかっていても、別に気にもならなかった。
 布団の陰からそろりと覗くと、魔王はゆったりした部屋着をまとい、ひどく優しい目でこちらを見ていた。
 どくん、と、なぜか胸の音が跳ねあがる。

「俺にだって、責任がある。マサチカさんたちが、俺らを受け入れるのは無理だっつーのはよくわかった。そんなの当たり前だとも思った……。でも、だったら俺らはどうしたらいい? どこに行けばいいんだよ」

 《勇者の村》の周辺は、どんどん人間が住めない環境になりつつある。《魔素》の範囲は時代が進むにつれて広がっていて、そのぶん人間が住める環境は狭まってきているからだ。
 リョウマにだってわかっている。もはや、この魔王の言う通りにするしか、自分たちが今後生き残っていく道はない。彼の庇護を受け、こちらで《保護区》の世話になることが、結局一番いいのだろう。自分たちはともかく、小さな子どもや老人たちにとってはそのほうがはるかに安全なのだから。
 だが、《保護区》の村人たちはそれを歓迎してはくれない……。

「……どうしたらいいんだ。俺ら、俺らだって──」

 ただ、必死に生き残ろうとしてきただけだ。
 そうこうするうち、たまたま《勇者パワー》を利用して《レンジャー》に変身できる者が生まれてきた。そうでなければ、とっくにあの村だって消滅してしまっていたはずなのだ。

「ほらほら。泣くでない。そなたは意外と泣き虫だな」
「なっ……泣いてねえええっ」

 いや、嘘だった。だが、じわりと目元があやしくなったことを、こいつに正直に打ち明ける気にはさらさらなれない。リョウマは慌てて布団をかぶり、目元をごしごしこすった。
 と、布団ごとぎゅっと誰かに抱きしめられた感じがあった。

「……え」
「心配するでない。私に考えがある。政府内には反対派もいるにはいるが、そちらもなんとかしようと考えておるしな」
「……まじかよ。そんなことできんの」
「できるかできぬか、それはやってみなければわからない」
「んだよ、それ」
「ふふ。だが、勝算はある」
「えっ」

 思わず布団をずらしたところへ、ちゅっと音を立てて頬にキスをされた。

「うひゃっ。い、いきなりはやめろやあああっ」

 途端、ぶわっと耳が熱くなる。
 必死で魔王の顔を押しのけた。

「ははは! いきなりでなければよいと? それは嬉しい」
「ちげえ! まったくちげえええっ」

 じたばた暴れるリョウマの体を、魔王はいきなり布団ごとひょいと抱き上げた。

「うわあっ?」
「さあ、食事をいたそう。『腹が減っては』なんとやら、だぞ。脳の働きも落ちようというもの。なにより、そなたの大好きなステーキが冷めてしまおう」
「ステーキステーキうるせええっ」

 廊下にいる侍従や侍女たちが、くふふと笑いをこらえながらこちらを見送っている。それを後目しりめに、魔王はやかましいリョウマを抱えたまま、大股にずんずんと晩餐のへと歩いていった。
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