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第四章 勇者の村
11 騎士団長ダンパ
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翌朝。
中途半端な睡眠しかとれず、リョウマはなんとなくぼんやりした頭で朝食をとった。魔王エルケニヒは仕事のことで忙しいらしく、今日は不在だ。
本当は今日もこちらへ来たがったそうなのだが、宰相にあたる人から「どうしても本日は執務をお願いします」と泣き落としを食らったらしい。今までどんだけサボっていたのやら。いやそれは、リョウマにも責任のあることなのだろうけれど。
食事が一段落したところで、執事ガガノフがこう切り出してきた。
「配殿下。本日は気晴らしがてら、少しお出かけになるのはいかがでしょうか」
「ん? あいや、その呼び方やめてよおっちゃん」
「おっちゃ……ンンッ」
ワニ顔の執事は一瞬呆けた顔になったが、しわぶきひとつで態勢を立て直した。さすがである。
「とは申せ。陛下からそのようにお呼びせよとのお達しですので」
「えー。でもまだ正式に決まったわけじゃねえんだろ?」
「それはそうなのでございますが──」
「もー。じゃあいいじゃん! 堅っ苦しいのは苦手なんだよ~。なんかこう、ケツが痒くなっちまうのよ~。頼むから『リョウマ』って呼んでくれよ。なっ? みんなも。なっ?」
周囲で食事や衣服などの世話などしている侍女や侍従たちを見回してそう言ったら、みんな困惑した様子でガガノフの表情をうかがう顔になった。
「いえそれは」「いやほんと頼むって」というような押し問答が少しあったが、結局はガガノフの方が折れてくれた。
「でしたら、わたくしどもだけの時はそのようにお呼びいたしましょう。公式の場ではなりませぬが……。それでよろしゅうございましょうかな、リョウマ様」
「いいよ。オッケー。ありがとな、ガガノフのおっちゃん。そんで? さっきの『お出かけ』ってのはなんなの」
「陛下から、少し気晴らしをされてはどうかと。先日少しだけご案内されたそうですが、例の人間の《保護区》を訪問されるのもよろしいかとおっしゃいまして」
「あ~。あそこね」
ふむ。考えが八方ふさがりでどうしようもなくなっている今、そうやって視点を変えてみるのも悪くないかもしれない。
「それ、いいかも。行くよ、俺」
「左様にございますか。ではすぐにも手配をいたします」
「うん、あんがと」
リョウマが出掛けるための着替えを済ませたあたりで、ガガノフがまたやってきた。後ろに大きな武人らしい服装の人物を従えている。
「リョウマ様。本日は陛下がどうしてもご同行できないとのことで、護衛をつけよとの仰せです」
「は? 護衛? そんなの別にいいよ」
「いえ、そういうわけには参りませぬ。ご紹介いたしましょう。こちら、魔王軍騎士団団長のダンパにございます」
彼の紹介とともに、背後にいた武人がずいと前に出てきた。いかにも騎士団らしい鎧に長くて青いマントを流した、非常にカッコいい出で立ちだ。
(お? かっ、かわいい……いや、でっけえ)
そうだった。
武人は見たところ、とても可愛らしい風貌だったのだ。そして非常に大きい。背丈は魔王とほとんど変わらぬぐらいある。
ぽわぽわした毛の生えた黒い耳、目のまわりと手足が黒くて、全体には熊にそっくり。
……つまり、パンダである。パンダ以外の何物でもない。
(……ん? それで『ダンパ』??)
なんだそれは。誰が考えたのかしらないが、ひどく安易なネーミングである。単純に「パンダ」を反対に読んだだけではないか!
目を白黒させているリョウマに構わず、男は淡々と自己紹介を始めた。
「配殿下には、お初にお目にかかります。騎士団団長、ダンパにございます。本日は殿下の護衛の任にあずかり、光栄至極。この身に替えましてもお守り申し上げまするゆえ、どうぞよろしくお願い申し上げまする」
「かっ、固い。固ぇよダンパさんっ」
「……は?」
ぴく、と動いた黒いお耳がもう可愛い。もう、わしゃわしゃしたくなる。それなのに、口から出てくるのはガッチガチの武人のセリフ。このギャップがたまらない。
「いいからあんたも『リョウマ』って呼んでよ。じゃ、行こっか? ダンパさん」
「はっ」
中途半端な睡眠しかとれず、リョウマはなんとなくぼんやりした頭で朝食をとった。魔王エルケニヒは仕事のことで忙しいらしく、今日は不在だ。
本当は今日もこちらへ来たがったそうなのだが、宰相にあたる人から「どうしても本日は執務をお願いします」と泣き落としを食らったらしい。今までどんだけサボっていたのやら。いやそれは、リョウマにも責任のあることなのだろうけれど。
食事が一段落したところで、執事ガガノフがこう切り出してきた。
「配殿下。本日は気晴らしがてら、少しお出かけになるのはいかがでしょうか」
「ん? あいや、その呼び方やめてよおっちゃん」
「おっちゃ……ンンッ」
ワニ顔の執事は一瞬呆けた顔になったが、しわぶきひとつで態勢を立て直した。さすがである。
「とは申せ。陛下からそのようにお呼びせよとのお達しですので」
「えー。でもまだ正式に決まったわけじゃねえんだろ?」
「それはそうなのでございますが──」
「もー。じゃあいいじゃん! 堅っ苦しいのは苦手なんだよ~。なんかこう、ケツが痒くなっちまうのよ~。頼むから『リョウマ』って呼んでくれよ。なっ? みんなも。なっ?」
周囲で食事や衣服などの世話などしている侍女や侍従たちを見回してそう言ったら、みんな困惑した様子でガガノフの表情をうかがう顔になった。
「いえそれは」「いやほんと頼むって」というような押し問答が少しあったが、結局はガガノフの方が折れてくれた。
「でしたら、わたくしどもだけの時はそのようにお呼びいたしましょう。公式の場ではなりませぬが……。それでよろしゅうございましょうかな、リョウマ様」
「いいよ。オッケー。ありがとな、ガガノフのおっちゃん。そんで? さっきの『お出かけ』ってのはなんなの」
「陛下から、少し気晴らしをされてはどうかと。先日少しだけご案内されたそうですが、例の人間の《保護区》を訪問されるのもよろしいかとおっしゃいまして」
「あ~。あそこね」
ふむ。考えが八方ふさがりでどうしようもなくなっている今、そうやって視点を変えてみるのも悪くないかもしれない。
「それ、いいかも。行くよ、俺」
「左様にございますか。ではすぐにも手配をいたします」
「うん、あんがと」
リョウマが出掛けるための着替えを済ませたあたりで、ガガノフがまたやってきた。後ろに大きな武人らしい服装の人物を従えている。
「リョウマ様。本日は陛下がどうしてもご同行できないとのことで、護衛をつけよとの仰せです」
「は? 護衛? そんなの別にいいよ」
「いえ、そういうわけには参りませぬ。ご紹介いたしましょう。こちら、魔王軍騎士団団長のダンパにございます」
彼の紹介とともに、背後にいた武人がずいと前に出てきた。いかにも騎士団らしい鎧に長くて青いマントを流した、非常にカッコいい出で立ちだ。
(お? かっ、かわいい……いや、でっけえ)
そうだった。
武人は見たところ、とても可愛らしい風貌だったのだ。そして非常に大きい。背丈は魔王とほとんど変わらぬぐらいある。
ぽわぽわした毛の生えた黒い耳、目のまわりと手足が黒くて、全体には熊にそっくり。
……つまり、パンダである。パンダ以外の何物でもない。
(……ん? それで『ダンパ』??)
なんだそれは。誰が考えたのかしらないが、ひどく安易なネーミングである。単純に「パンダ」を反対に読んだだけではないか!
目を白黒させているリョウマに構わず、男は淡々と自己紹介を始めた。
「配殿下には、お初にお目にかかります。騎士団団長、ダンパにございます。本日は殿下の護衛の任にあずかり、光栄至極。この身に替えましてもお守り申し上げまするゆえ、どうぞよろしくお願い申し上げまする」
「かっ、固い。固ぇよダンパさんっ」
「……は?」
ぴく、と動いた黒いお耳がもう可愛い。もう、わしゃわしゃしたくなる。それなのに、口から出てくるのはガッチガチの武人のセリフ。このギャップがたまらない。
「いいからあんたも『リョウマ』って呼んでよ。じゃ、行こっか? ダンパさん」
「はっ」
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