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第四章 勇者の村
8 告白
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見開かれていた彼の瞳が、突然ぐらぐらっと揺れた。
「じゃ……どうしろって言うんだよっ……」
その瞳にみるみる光るものが溢れそうになるのを、エルケニヒはじっと見ていた。そしてひとつ溜め息をつくと、彼の頭を抱き寄せた。
「案ずるな。そなたの何かを引き換えに、そなたの村をどうこうする気はない、と申している」
「う、ウソつけっ……」
胸のあたりの衣に押し付けられてくぐもっているからだけでなく、彼の声は震えていた。まるで小鳥のように可愛らしく。彼の手が自分の衣をぎゅっと力いっぱいに握りしめているのを感じながら、エルケニヒはそっと囁いた。
「まことだ。『信じよ』と言って信じてもらえるとは思っておらぬが」
「…………」
「当初はもちろん、そうではなかった。あの《魔の森》でそなたと初めてふたりきりになった時はな」
リョウマはじっと黙っている。
「できることなら無理やりにでも、そなたを自分のものにして……連れ帰ろうと。そんな風に考えていた。あの時は申し訳なかった」
「……え」
ぴく、とリョウマの体が震えた。
まさかエルケニヒが自分に謝ることがあるだなんて、考えもしなかったのかもしれない。まったく失礼な話だ。いったい自分をなんだと思っているのか。
「すまぬ、と申した。あまりにもそなたが欲しくて、つい焦ってしまったのだ」
「…………」
「だが、今は反省している。そんな風にそなたを抱いても、少しも楽しくないだろうことはわかっていた。その時だけは快楽に溺れても、すぐに虚しさが襲ってくるだけだとな。それに、約束を違えることになることも」
「約束?」
エルケニヒはふ、と少しだけ微笑んだ。
「あの時、申したではないか。『そなたに天国を見せてやろう』と。この世で最も大きな愉悦を与えようと」
「……う、うう、ん?」
「なにかと引き換えに差し出されたような体では、そんな愉悦を感じることは決してできぬ。心も体も私に捧げようと、そなた自身が心からそう思っていなければ、本物の愉悦など覚えるはずがないからだ」
「……え、ええっと……」
エルケニヒの胸に抱きしめられる形になっているリョウマが、どんどん狼狽しはじめているのがはっきりわかった。
「そんな行為は、つまらぬ。せいぜいが屑みたいなものだ。……そなたには心から、心も体も私に捧げたいと、そう思ってもらいたい。その上でなら、そなたを抱こう。その時こそ、心置きなくな」
「……え、エルケ……ニヒ」
「ん?」
リョウマがはじめて自分の名をまともに呼んだことに、そのときエルケニヒは気づいていなかった。
「それ、ほんとか」
「うむ。まことだ。嘘だったというのなら、私のこの胸を切り裂いて、心臓を進ぜることも厭わぬぞ」
「いや、そんなモンいらねーけど……」
「ふふ」
思わず笑ってしまって、またエルケニヒは彼の頭を撫でた。
「そなたは私のことが嫌いか?」
「……う、うう~ん……??」
リョウマがエルケニヒの胸に顔をおしつけたまま、そこでもごもご言っている。
「嫌いでないなら、今はそれだけでよい。それだけでも『不倶戴天の敵』からはずいぶん進歩したのだし」
「…………」
「……リョウマ」
そこでやっと、エルケニヒは彼の両肩を持って体を離した。そのままその場に片膝をつき、彼の目をじっと見つめる。リョウマの両目はほんのりと赤らんで、ちょっと奇妙に思えるほどの色気を放っていた。
「私は、好きだ。……そなたが」
「…………」
「本当は『愛している』、と申したいところなのだが。申し訳ない。それがどういう状態なのだか、思い出すのに時間がかかっている。なにしろこんな経験は、もう遥か昔のことで」
「……んん?」
リョウマが首をかしげた。
「ってことは。あんた、昔、好きな奴とかいたのか?」
「それは、もちろん。なにしろ数千年このかた生きてきているものでな。そんなにも時間があれば、色々なことがあるものさ。……イヤだったか?」
「い、いや……そうじゃねーけど」
と言いながら、なにか複雑な顔になって後頭部を掻いている。そんなところがまた何とも可愛い。
「どうか許してくれ。もうすでに、相手の顔も声もおぼろにしか思い出せぬほどなのだ。そなたのひいじいちゃんのひいじいちゃんの、そのまたひいひいじいちゃんが生まれるよりもはるか昔の話でもあることだし──」
「……ひいひい言い過ぎ」
ぷっ、とリョウマが吹き出した。
「じゃ……どうしろって言うんだよっ……」
その瞳にみるみる光るものが溢れそうになるのを、エルケニヒはじっと見ていた。そしてひとつ溜め息をつくと、彼の頭を抱き寄せた。
「案ずるな。そなたの何かを引き換えに、そなたの村をどうこうする気はない、と申している」
「う、ウソつけっ……」
胸のあたりの衣に押し付けられてくぐもっているからだけでなく、彼の声は震えていた。まるで小鳥のように可愛らしく。彼の手が自分の衣をぎゅっと力いっぱいに握りしめているのを感じながら、エルケニヒはそっと囁いた。
「まことだ。『信じよ』と言って信じてもらえるとは思っておらぬが」
「…………」
「当初はもちろん、そうではなかった。あの《魔の森》でそなたと初めてふたりきりになった時はな」
リョウマはじっと黙っている。
「できることなら無理やりにでも、そなたを自分のものにして……連れ帰ろうと。そんな風に考えていた。あの時は申し訳なかった」
「……え」
ぴく、とリョウマの体が震えた。
まさかエルケニヒが自分に謝ることがあるだなんて、考えもしなかったのかもしれない。まったく失礼な話だ。いったい自分をなんだと思っているのか。
「すまぬ、と申した。あまりにもそなたが欲しくて、つい焦ってしまったのだ」
「…………」
「だが、今は反省している。そんな風にそなたを抱いても、少しも楽しくないだろうことはわかっていた。その時だけは快楽に溺れても、すぐに虚しさが襲ってくるだけだとな。それに、約束を違えることになることも」
「約束?」
エルケニヒはふ、と少しだけ微笑んだ。
「あの時、申したではないか。『そなたに天国を見せてやろう』と。この世で最も大きな愉悦を与えようと」
「……う、うう、ん?」
「なにかと引き換えに差し出されたような体では、そんな愉悦を感じることは決してできぬ。心も体も私に捧げようと、そなた自身が心からそう思っていなければ、本物の愉悦など覚えるはずがないからだ」
「……え、ええっと……」
エルケニヒの胸に抱きしめられる形になっているリョウマが、どんどん狼狽しはじめているのがはっきりわかった。
「そんな行為は、つまらぬ。せいぜいが屑みたいなものだ。……そなたには心から、心も体も私に捧げたいと、そう思ってもらいたい。その上でなら、そなたを抱こう。その時こそ、心置きなくな」
「……え、エルケ……ニヒ」
「ん?」
リョウマがはじめて自分の名をまともに呼んだことに、そのときエルケニヒは気づいていなかった。
「それ、ほんとか」
「うむ。まことだ。嘘だったというのなら、私のこの胸を切り裂いて、心臓を進ぜることも厭わぬぞ」
「いや、そんなモンいらねーけど……」
「ふふ」
思わず笑ってしまって、またエルケニヒは彼の頭を撫でた。
「そなたは私のことが嫌いか?」
「……う、うう~ん……??」
リョウマがエルケニヒの胸に顔をおしつけたまま、そこでもごもご言っている。
「嫌いでないなら、今はそれだけでよい。それだけでも『不倶戴天の敵』からはずいぶん進歩したのだし」
「…………」
「……リョウマ」
そこでやっと、エルケニヒは彼の両肩を持って体を離した。そのままその場に片膝をつき、彼の目をじっと見つめる。リョウマの両目はほんのりと赤らんで、ちょっと奇妙に思えるほどの色気を放っていた。
「私は、好きだ。……そなたが」
「…………」
「本当は『愛している』、と申したいところなのだが。申し訳ない。それがどういう状態なのだか、思い出すのに時間がかかっている。なにしろこんな経験は、もう遥か昔のことで」
「……んん?」
リョウマが首をかしげた。
「ってことは。あんた、昔、好きな奴とかいたのか?」
「それは、もちろん。なにしろ数千年このかた生きてきているものでな。そんなにも時間があれば、色々なことがあるものさ。……イヤだったか?」
「い、いや……そうじゃねーけど」
と言いながら、なにか複雑な顔になって後頭部を掻いている。そんなところがまた何とも可愛い。
「どうか許してくれ。もうすでに、相手の顔も声もおぼろにしか思い出せぬほどなのだ。そなたのひいじいちゃんのひいじいちゃんの、そのまたひいひいじいちゃんが生まれるよりもはるか昔の話でもあることだし──」
「……ひいひい言い過ぎ」
ぷっ、とリョウマが吹き出した。
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