49 / 170
第四章 勇者の村
7 揺れる
しおりを挟む目の前の画面がふっと消えてからも、しばらくリョウマはぼんやりしていた。何も見えなくなった空間を見上げて、黙ったままである。
彼がこちらに見えないようにしながら手の甲でぐしっと目元をぬぐったのを、エルケニヒは見逃さなかった。彼の頭をそっと抱き寄せ、頭頂部のあたりに囁きかける。
「どうした? 久々に彼らを見てホームシックになったかな」
「うっ、うるせえっ。なんでもねえよっ」
「うんうん。なんでもなかろうな」
エルケニヒは彼の頭をぽすぽすやって、またその頭頂部のあたりに口づけた。
まったく、可愛くてしょうがない。小生意気なことは言うし、決して素直ではない男なのに、さまざまな表情を見せてくれるにつけ、ただただ彼が愛しく思えてしまうのはどうしようもない。もはや、病だ。なるほどしばしば「恋煩い」などと称するのもうなずける。
リョウマは何を思ったか、ぽんとエルケニヒの膝から飛び降りると、すたすたと窓際へ歩いて行った。ここは彼のために準備した私室である。エルケニヒはあちらの村との画像連絡中からずっと、彼を膝に乗せて彼のベッドに腰かけていたのだ。
今、部屋には自分たち以外だれもいない。まずはふたりだけでリョウマの故郷の村人たちと話し合いをする。そう望んだのはリョウマだったし、エルケニヒもそれに賛同した。というか、最初からそのつもりだった。
あの《BLブルー》から、幼い時代の驚きの事実が明かされたのは予想外だったが、それ以外は一応うまくいったのではないかと思う。
リョウマが窓辺でくるりとこちらを振り向いた。
「……んで? どーするつもりなんだよ、あんた」
「ん? まだなんとも言えぬな。すべてはそなたの村の者らの判断によるだろう。あちらの出方次第では、すべてがどうなるか未知数ゆえ」
「そういうことじゃなくってよっ」
恐らく泣きべその顔を隠すためなのだろうが、必要以上に怒ったような顔を作って、リョウマは腕を組み、窓を背に立ちはだかるようにしてこちらを睨んでいる。
「あんた、どっちみち俺を返す気なんかねーんだろうが。村のみんなが提案を飲まないってなったら、やっぱりあいつらを攻撃すんのか? どうなんだよっ」
「……そうだな。そなたを返す気はないな」
「チッ」
リョウマが舌打ちをし、ぷいと窓のほうを向いてしまう。背中だけでも十分、その苛立ちが伝わってきた。
当然だろう。彼の《BLレンジャー》は、《レッド》でありリーダーでもあるリョウマがいてこそ、なんとか魔王軍に立ち向かえてきたのだ。彼抜きで勝てるほど、魔王軍の戦力は甘くない。彼がいないことはすなわち、彼らの村の滅亡を意味する。
エルケニヒは立ち上がり、彼の背後に近づいた。後ろからまた抱きしめようと手を伸ばしたところで、リョウマはまた、ぱっとこちらに振り向いた。
「俺、構わねえから」
「ん? なにがだ」
伸ばした手を思わずひっこめる。リョウマの瞳が思っていた以上に強い光を湛えていたからだ。つい、それに胸を突かれた。
リョウマは一度口を開いたが、少し言いよどみ、一瞬視線を床へ落とした。が、またぐっとこちらを見上げた。
「……だからっ。お前が村のみんなと、《レンジャー》のみんなのこと、ちゃんと守ってくれるって言うなら。……俺は」
声を震わせ、ふっとうつむきかかったリョウマの顔を見て、ようやく言わんとすることを理解する。エルケニヒは片手でそっと彼の顎を持ち上げた。
「すまぬが。そういうのは勘弁してもらいたい。……正直、聞き飽きているのでな」
「な、なんだって?」
リョウマのきれいな瞳が見開かれた。意外と睫毛が長いな、と思う。
本当に彼の瞳はきれいだ。まっすぐで濁りがなくて、喜怒哀楽はもちろんのこと、自分の意思を常にはっきりと映し出す。
この瞳が濁ってしまうようなことは、いっさい望みはしないというのに。
「そなた、なにか勘違いをしているぞ」
「は? なにがだよ」
むうっと彼の口がとんがった。そうすると、急に年齢が下がって見える。
「あんた、俺がほっ……ほほほ」
「おほほほほ?」
「じゃねくって! ほしい、んだろうがっっ。……俺は、それならもういい、って言ってんだ。村のみんなが守られるんだったら、俺ひとりのことなんて──」
「だから」
エルケニヒは、さらにぐいと彼の顎をあげさせた。ぐっと顔を近づけ、彼の瞳を間近から覗き込む。
「そういう話はもうすっかり聞き飽きたし、見飽きている。はっきり言おう。そういうのは、『つまらぬ』。まことに『つまらぬ』に尽きる」
「は?」
「そんな流れで手に入れたものなどに、なんの意味があろうか。死んだ目をして、腐ってこそいないが息をしているだけの、死臭をまとった躯のようなモノを抱きたいとは、これっぽっちも思わぬわ。少なくとも、私はな」
「…………」
見開かれていた彼の瞳が、突然ぐらぐらっと揺れた。
「じゃ……どうしろって言うんだよっ……」
10
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる