墜落レッド ~戦隊レッドは魔王さまに愛でられる~

るなかふぇ

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第四章 勇者の村

6 トキ

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 表情を見る限り、これはリョウマにとっても寝耳に水の話だったらしい。

 《え? ちょっと待てよ、マジ? 村のみんなをこっちの人間の村へ……ってマジで?》

 思わず魔王の襟首のあたりにしがみついて何度も同じことを訊いている。魔王はにこにこしながら、完全に愛おしいものを見る目で彼を見つめていた。

 《そうだとも。少し前まではまったく考えてもいなかったことなんだがな。そなたを見ているうちに思いついたのだ。どうだ? なかなかいい考えではないか?》
 《えっと……でも、それは》
「いやいや、そのようなことは無理であろう」

 やっと口が利けるようになったのは、代表の古老だった。

「我らは長年、敵対関係にあったのじゃぞ。互いに長年殺し合い、互いの恨みは募るばかりじゃ。そちらに人間の保護区があったという話も、たった今聞いたばかりじゃしの。急に決められるわけがなかろう」
 《それは当然だな》

 ふっと笑って魔王がこちらへ視線を向けた。

 《ゆえに今回、人間の子をそちらに使者として遣わした。その者は、保護区で生まれた生粋の人間の子だ。それは事実だな? トキよ》
「あ、はい……」

 使者の少年は、どうやら「トキ」という名であるらしい。

「本当です。父さんと母さんは保護区の村の出身で、じいちゃんとばあちゃんもそうで……」
「へええ? そうなんだ」

 返事をしたサクヤ同様、後ろのみなも全員目をまるくしている。

 《リョウマから聞いているが、そちらはずいぶんと貧しい生活を余儀なくされているとか。この数十年あまりで魔素の浸食も進んできているようであるし、食料の確保そのものすら難しいのであろう?》
「う……っ」

 サクヤは言葉につまった。魔王の言うとおりだ。こちらの村人はもうずっと長い間、まことに貧しい生活に苦しんでいる。近年では、きれいな水からして手に入れることが次第に難しくなってきているのだ。

 《トキの育ち具合や肌艶はだつやを見ればある程度はわかってもらえるだろうと思うが。こちらの保護区では人間たちがずいぶん豊かに、また平和に暮らしている。食うものに困っている者はだれもおらぬ。魔獣たちの侵入に備えて、魔王軍による固い警備が日々おこなわれており、みな危険を感じることもなく平穏に過ごしているのだ》
「そ、そうです。俺たち、本当に魔王さまにはよくして頂いてて……」
 慌てて付け加えたのはトキだ。

(なるほど)

 魔王がなぜこの人間の少年を使者に立ててきたのか、その理由が少しずつ見えてきた。トキ少年は見るからに健康そうで、肉づきもいい。なにかに怯えているどころか魔王に対して深い感謝と尊敬の念を抱いているのはちょっと見ただけでもすぐにわかる。

「じいちゃんも、ばあちゃんも、両親も……魔王さまにはずっとずっとお世話になってきました。俺たちは魔王さまにずっと感謝しています。着るものにも住むところにも困らず、水もきれいで空気のいいところで暮らさせてもらってて……あ、あとちゃんと『学校』にも通わせてもらってますし。いまは夏休みなんですけど」
「学校?」
「はい」
 《あ。それ、俺も見たかも》

 ひょいと手を挙げてリョウマが言った。

 《ここに着いてすぐ、魔王のやつが町のお祭りとか、博物館とか図書館とかに連れてってくれてよ》
「ふーん?」

 こっちがあんなに心配していたのをよそに、あいつはずいぶんと楽しい日々を送っていたらしい。まったく困ったものだ。

 《博物館には、その『学校』にいってる子たちがいっぱい来てたんだ。その中に、多分人間の子もいたと思う。……えっとあれ、スーツみたいなの着てた子がそうなんだろ?》
 《その通りだ》魔王が微笑みながらうなずいた。《魔素に耐えられぬ体質の子には、あのスーツが支給されることになっている。食事などには少し困るだろうが、ネットを通じて授業を受けることも可能だから、いつも学校に出向く必要もないしな》
「ネット……?」
 《そうして学び、技術を習得して希望する者には、魔都での仕事にも就くことができるようにしている。特に優秀な者はヘッドハンティングされるし、なかには魔王城で働いている者もおるぞ。信じられぬかもしれぬが、こちらでは魔族と人間は次第に仲良くともに暮らせるようになってきているのだ》

 なじみのない単語がぽんぽん出てくるので、こちらの人間たちはずっと頭の中に疑問符を浮かべた顔になっている。そこは、あちらで過ごしているリョウマが適当に説明を加えてくれた。

 《俺が見た限りだけど。こっちで過ごしてる人たち、全然不満はなさそうだった。魔族も、人間も。みんな平和で、豊かで……悔しいけど。俺、みんなのこと思い出しちゃって、そんで──》
 《『村のみんなが可哀想だ』と言ってめそめそ泣いてしまったのよな。あれはとても可愛かった》

 魔王がうっとりと過去を振り返る目をしている。

 《う、うるっせえ! めそめそ泣いたりしてねえっ。バラすなよクソボケっ! あと可愛いとか言うなあっ》
 リョウマが真っ赤になってパンチを繰り出すが、魔王は大きな手のひらで難なくそれを受け止めただけだった。
 《ふふふ。そなたはまこと、優しくて可愛い。そして村の皆を心から大切に思っているのだな。素晴らしい心がけだ》

 ……なるほど、泣いたのか。
 サクヤはじめ、こちらのみんながなんとなく半眼になって画面を見つめている。いい加減なんとかならないのか。この、画面全体からハートマークがばんばん飛んできているような甘ったるい状況は。
 本人はまったく気づいていないようだが、リョウマのやつ、すでにかなり魔王と親密になってしまっているようだ。そんなことでいいのか? この魔王は人間にとって長年の仇敵だというのに。

 《まあ、そちらにもいろいろと相談する時間が必要であろう。今回の会談はここまでといたそうか》
「え? あ、ちょっと待ちなさいよっ……」

 そもそもリョウマは? こちらへ返す気があるのか、この魔王。いや見たところ、その気はまったくなさそうだけれども!

 《こちらの状況は、そこのトキがより細かく説明してくれるだろう。その子には『嘘をつく必要はない』と言ってある。なんでも訊ねるがよい。子どもとはいえ特に優秀な子を選んだゆえ、おおよそわからぬことはないはずだ。ネットで調べることもできるしな》
 トキが思わず「いや、ぼくなんか」と照れて後頭部を掻いた。
 《ただし、その子に危害は加えるなよ。私はその者の家族に、彼の身の安全を保証しているのでな。その者の状況は、こちらのセキュリティ魔法で余さず見ておるからそのつもりでな》
「せ、セキュリティ魔法……?」

 なんだそれは。要するにこちらの情報は、ほとんどそちらに筒抜けということか?

 《それでは。また三日後に連絡しよう。みなでよくよく相談してくれ》
「あ。ちょっと、待ちなさいよっ……」

 サクヤが叫んでいる途中で、いきなりブツンと緑色の板は消失してしまった。
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