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第四章 勇者の村
1 《イエロー》サクヤ
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《BLレンジャー》生誕の地である村は、大陸のずっと奥まった険しい山間部の地下に存在する。村人たちは自らの住処を「勇者の村」と呼称している。
村長は古老たちを中心とした長老の一団であり、議会のあるときには必ず《レンジャー》が最低ひとりは参加することと決められている。
一応「議会」などと呼んではいるが、総勢十名あまりのごく小さな集まりにすぎない。
「だから。絶対おかしいって言ってるんですよっ」
いま、古老の一人の住まいに集まった長老の中で、《イエロー》ことサクヤは大声をあげていた。
「なんで魔族はなにも言ってこないんですか? 本当に連絡はないんですか」
「ない。それは事実じゃ」
古老のなかでもひときわ大きな権威を有し、村人たちからの尊崇を集めている老人が、顎の下までとどくほど長く伸びた白い眉の下から鋭い眼光をぎらりと光らせた。
「それよりも。『かならずリョウマを連れもどす』と豪語して奪還作戦を仕掛けた、そなたらの体たらくをこそ恥じぬか。我らをあれこれと疑う前にの」
「そ、それは」
サクヤはウッと言葉をつまらせた。
いつもは元気いっぱいに、茶色いショートカットの頭頂部でぴょんぴょん跳ねている黄色い「アホ毛」もしおれ気味だ。
戦闘のどさくさでリョウマが魔王に連れ去られ、行方不明になってからすでに三十日あまりが過ぎた。
その間、サクヤたちだってなにも手を拱いていたわけではない。一度は「ここかも」と思われる場所を特定し、残った《レンジャー》全員でリョウマ救出作戦を敢行したこともある。もちろんそれは失敗に終わったわけだが。
幸いにして誰も大けがをすることもなく戻ってこられたが、もともと作戦に否定的だった長老たちからの心証は、あれで劇的に悪くなってしまったのだ。《レンジャー》としての面目が立たないし、まことに立場がない。
「しかし、妙だと思うのですよ」
隣に座っていた《ブルー》ことケントが締まった長身を立ち上がらせておもむろに口を開いた。
リョウマとは対象的に、落ち着いた怜悧な雰囲気を漂わせるなかなかのイケメンである。
「リョウマが生きているなら、なぜ魔族どもは何も言ってこないのでしょう」
「うむ」
古老がうなずくのに合わせて、ほかの古老や長老たちも「おお、それよ」とうなずきあう。
サクヤの後ろに控えるように座っていた《ピンク》ことハルトも、《ブラック》ことコジロウも、沈黙のままだがコクコクコク、と顎を縦にふっていた。
ケントは彼らを一瞥してうなずき返して見せてから、また言葉をつづけた。
「やつらが本当にリョウマを生け捕りにしたのであれば、『彼を返す代わりに』と何かを要求してくるのが普通なのでは? それなのに今に至るまで、やつらはこちらに何の要求もしてきておりません」
「そうじゃのう。どうもあの魔王、昔から何を考えておるのかわからぬところが」
「然り、然り」
ちなみにこの古老たちの中には、かつて《レンジャー》だった先輩たちがかなりの数で含まれている。当然、あの魔王とも顔を合わせたことがあるのだ。
「なにか深い思惑でもあるのでは?」
「いやいやもしかすると、リョウマはそもそも魔王のもとになどいないのでは」
「あやつなら、生きてさえおれば何があっても自力で脱出してきそうなものでもあるし」
「となれば、リョウマはもう──」
(……勝手なことを!)
サクヤはギリッと奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
魔王の住まう魔都とその周辺にはほとんど《勇者パワー》が存在しないと聞いている。だとすれば《武神鎧装》をすることは難しい。自分たちは周囲の《勇者パワー》を自分の中に取り込み、爆発させて変身するからだ。
そんな中で、まわりじゅう魔族がいる中を自力で脱出しろと?
(無茶を言うな! この老いぼれどもめらが!)
サクヤの金色の瞳が爛々と燃えあがりはじめたのを見て、古老たちは思わず口を閉ざした。
これでも自分は、あのリョウマさえいなければこの世代の《レンジャー》のリーダーになったはずの女だ。眼光だけで相手を黙らせたなんて一度や二度のことではない。
あのまことに素直で裏表がなく、ちょっと短気で頭もよくはないが妙に人好きのする青年が同世代にいなければ、自分こそが今のリーダーだっただろう。
(リョウマ……)
なにやってんのよ、とすでに何百回目かになる言葉が脳裏を駆け巡る。
生きているなら、さっさと帰ってきなさいよ。
リョウマがいなくなってから、普段ならシレッとしてクールそのものの《ブルー》ですら様子がおかしい。ときどきぼうっとしているし、普段なら絶対にやらないようなミスを繰り返している。
もともとちょっと気の弱い《ピンク》はもちろんのこと、真面目で一本気でリョウマを心から慕っていた《ブラック》などは、もうすっかりしょげてしまって覇気がない。
部屋に重苦しい空気がおりて、しばらく経ったときだった。
外からいきなり、慌てふためいた声と足音が響いてきた。
「長老さま! レンジャーさまがた! た、大変にございますっ」
「なにごとじゃ。騒々しい」
しかつめらしい顔のまま、古老がじろりと入ってきた男を睨んだ。
「お話しあい中、申しわけもございませぬっ。そ、それが──」
男が息を切らしつつとぎれとぎれにした報告を聞いて、一同の顔色がサッと変わった。
すわ、と多くの者が腰を浮かす。サクヤたちも同様だ。
──『魔王より、直接の映像連絡が入った』。
(いったい、なんなの……?)
思うのと、サクヤたちがいち早く部屋を飛び出すのとは同時だった。
村長は古老たちを中心とした長老の一団であり、議会のあるときには必ず《レンジャー》が最低ひとりは参加することと決められている。
一応「議会」などと呼んではいるが、総勢十名あまりのごく小さな集まりにすぎない。
「だから。絶対おかしいって言ってるんですよっ」
いま、古老の一人の住まいに集まった長老の中で、《イエロー》ことサクヤは大声をあげていた。
「なんで魔族はなにも言ってこないんですか? 本当に連絡はないんですか」
「ない。それは事実じゃ」
古老のなかでもひときわ大きな権威を有し、村人たちからの尊崇を集めている老人が、顎の下までとどくほど長く伸びた白い眉の下から鋭い眼光をぎらりと光らせた。
「それよりも。『かならずリョウマを連れもどす』と豪語して奪還作戦を仕掛けた、そなたらの体たらくをこそ恥じぬか。我らをあれこれと疑う前にの」
「そ、それは」
サクヤはウッと言葉をつまらせた。
いつもは元気いっぱいに、茶色いショートカットの頭頂部でぴょんぴょん跳ねている黄色い「アホ毛」もしおれ気味だ。
戦闘のどさくさでリョウマが魔王に連れ去られ、行方不明になってからすでに三十日あまりが過ぎた。
その間、サクヤたちだってなにも手を拱いていたわけではない。一度は「ここかも」と思われる場所を特定し、残った《レンジャー》全員でリョウマ救出作戦を敢行したこともある。もちろんそれは失敗に終わったわけだが。
幸いにして誰も大けがをすることもなく戻ってこられたが、もともと作戦に否定的だった長老たちからの心証は、あれで劇的に悪くなってしまったのだ。《レンジャー》としての面目が立たないし、まことに立場がない。
「しかし、妙だと思うのですよ」
隣に座っていた《ブルー》ことケントが締まった長身を立ち上がらせておもむろに口を開いた。
リョウマとは対象的に、落ち着いた怜悧な雰囲気を漂わせるなかなかのイケメンである。
「リョウマが生きているなら、なぜ魔族どもは何も言ってこないのでしょう」
「うむ」
古老がうなずくのに合わせて、ほかの古老や長老たちも「おお、それよ」とうなずきあう。
サクヤの後ろに控えるように座っていた《ピンク》ことハルトも、《ブラック》ことコジロウも、沈黙のままだがコクコクコク、と顎を縦にふっていた。
ケントは彼らを一瞥してうなずき返して見せてから、また言葉をつづけた。
「やつらが本当にリョウマを生け捕りにしたのであれば、『彼を返す代わりに』と何かを要求してくるのが普通なのでは? それなのに今に至るまで、やつらはこちらに何の要求もしてきておりません」
「そうじゃのう。どうもあの魔王、昔から何を考えておるのかわからぬところが」
「然り、然り」
ちなみにこの古老たちの中には、かつて《レンジャー》だった先輩たちがかなりの数で含まれている。当然、あの魔王とも顔を合わせたことがあるのだ。
「なにか深い思惑でもあるのでは?」
「いやいやもしかすると、リョウマはそもそも魔王のもとになどいないのでは」
「あやつなら、生きてさえおれば何があっても自力で脱出してきそうなものでもあるし」
「となれば、リョウマはもう──」
(……勝手なことを!)
サクヤはギリッと奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
魔王の住まう魔都とその周辺にはほとんど《勇者パワー》が存在しないと聞いている。だとすれば《武神鎧装》をすることは難しい。自分たちは周囲の《勇者パワー》を自分の中に取り込み、爆発させて変身するからだ。
そんな中で、まわりじゅう魔族がいる中を自力で脱出しろと?
(無茶を言うな! この老いぼれどもめらが!)
サクヤの金色の瞳が爛々と燃えあがりはじめたのを見て、古老たちは思わず口を閉ざした。
これでも自分は、あのリョウマさえいなければこの世代の《レンジャー》のリーダーになったはずの女だ。眼光だけで相手を黙らせたなんて一度や二度のことではない。
あのまことに素直で裏表がなく、ちょっと短気で頭もよくはないが妙に人好きのする青年が同世代にいなければ、自分こそが今のリーダーだっただろう。
(リョウマ……)
なにやってんのよ、とすでに何百回目かになる言葉が脳裏を駆け巡る。
生きているなら、さっさと帰ってきなさいよ。
リョウマがいなくなってから、普段ならシレッとしてクールそのものの《ブルー》ですら様子がおかしい。ときどきぼうっとしているし、普段なら絶対にやらないようなミスを繰り返している。
もともとちょっと気の弱い《ピンク》はもちろんのこと、真面目で一本気でリョウマを心から慕っていた《ブラック》などは、もうすっかりしょげてしまって覇気がない。
部屋に重苦しい空気がおりて、しばらく経ったときだった。
外からいきなり、慌てふためいた声と足音が響いてきた。
「長老さま! レンジャーさまがた! た、大変にございますっ」
「なにごとじゃ。騒々しい」
しかつめらしい顔のまま、古老がじろりと入ってきた男を睨んだ。
「お話しあい中、申しわけもございませぬっ。そ、それが──」
男が息を切らしつつとぎれとぎれにした報告を聞いて、一同の顔色がサッと変わった。
すわ、と多くの者が腰を浮かす。サクヤたちも同様だ。
──『魔王より、直接の映像連絡が入った』。
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