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第三章 魔族たちの街
15 心のヒビ
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「理由はいろいろある。……というか『あった』。以前はな」
「は? どういうことだよ」
「何度も説明した通りだ。そなたも言ったように我らはお互い、望まざるにも係わらず長年の敵同士となってきてしまった」
「ん。そーだな」
「だがそれは、飽くまでも『過去の不幸な事故』が続いたことによる、とも言ったな」
「……うん」
「そなたはその敵対勢力が唯一持っている『武器』である《レンジャー》の今のリーダーで……私の体液を与えれば、性的に興奮して理性を失うことが、以前からの研究でわかっていた」
「……う、ううう……うん」
なんだろうか、この話の流れ。
あの洞窟での顛末が、急にぶわわっと脳裏に再現されて、リョウマは慌てた。
なんだか自分の羞恥心の方が先にもたなくなりそうだ。だが、話を止めようとは思わなかった。ここからが肝心な話なのだ。
「すまぬ。どのような方法でもよいから、まずはそなた……《レンジャー》の誰かを、特にできればそなたを篭絡して、我らの領域へ連れ出そうと。それが今回、私と部下らが立てた作戦だったのだ。うまくいくかどうかは五分五分だったが」
「…………」
「そうして、とにかくこちらの実情を知ってもらう。歴史的な状況などの情報も、嘘偽りなくしっかりと伝えてみる。穏便にいけばそれでよし、それが無理でも必要とあらば私の体液をもっと与えて理性を失わせ、奴隷化してでもいう事を聞かせよう……と。そうしてなんとか仲間を説得させようと。それでどうにか、和平への道を模索せんと。そう言う者らは多かった」
「な、なんだって……?」
頭が混乱している。いや無理もないと思う、自分でも。こんなふうに一時にいろいろな情報が与えられても、自分ごときには処理できないのだ。
「ど、どうして……俺なんだよ」
「《レンジャー》たちは《勇者パワー》に護られている。普通の人間では、そもそも私の体液への耐性がなさすぎて、あっという間に気が狂い、命を落としてしまうのだ。だから引き入れるなら、難しいがまずは《レンジャー》のだれかから……というのが一致した家臣らの意見だった」
「…………」
ぐさり、と心臓にナイフを突きたてられたような気がした。
どうしてだかはわからない。わからないが、いま確実にリョウマの心のどこかにヒビが入ったような気がした。
「……じゃ、なくても、よかった……?」
「え?」
聞こえなかったらしく、魔王が怪訝な顔になる。
「それじゃ……俺、じゃなくてもよかった、ってこと……? 誰でもよかったのか。《ブルー》だって、《イエロー》だって──」
「いや。それは──」
魔王の視線が、ほんの一瞬だがちらりと周囲に彷徨った。
(……!)
ズキン、と本当に心の臓が鋭い痛みを訴えた。
(なんだ……? なんだよ、俺)
どうしてこんなにショックを受ける? どうだっていいではないか。
こいつらはずるい魔族だ。魔族がどんな汚い策を弄して自分たちをだまくらかし、罠に掛けようとしたからといって、驚くにも傷つくにも当たらない。
自分はこんな奴のことはもともと信用していない。こいつが《レンジャー》のうちの誰かを誑かそうとして家臣らと画策していたから、どうだと言うのだ。なんでそんなことで、こんな風に自分が混乱しなくてはならないのか。
胸元を抑えていきなり立ち尽くしてしまったリョウマを見つめて、魔王もしばらくは言葉もなく、ただじっとしていた。
が、やがて立ち上がると、リョウマの前に身を低くし、片膝をついた。
リョウマは魔王から目をそらしたままだったが、その手をそっと取る。ぴくっとその手が一瞬だけ震えた。
「……正直に言おう。私はそなたが──《レッド》であるリョウマがよかった」
ぼんやりと宙をさまよっていたリョウマの視線がぴくりと止まり、ゆっくりと魔王の上へと下りてきた。
「本心だ。あの時、どのような流れになろうとも……そなたをこそ、私はあの森へ連れていきたいと思っていた」
「は? どういうことだよ」
「何度も説明した通りだ。そなたも言ったように我らはお互い、望まざるにも係わらず長年の敵同士となってきてしまった」
「ん。そーだな」
「だがそれは、飽くまでも『過去の不幸な事故』が続いたことによる、とも言ったな」
「……うん」
「そなたはその敵対勢力が唯一持っている『武器』である《レンジャー》の今のリーダーで……私の体液を与えれば、性的に興奮して理性を失うことが、以前からの研究でわかっていた」
「……う、ううう……うん」
なんだろうか、この話の流れ。
あの洞窟での顛末が、急にぶわわっと脳裏に再現されて、リョウマは慌てた。
なんだか自分の羞恥心の方が先にもたなくなりそうだ。だが、話を止めようとは思わなかった。ここからが肝心な話なのだ。
「すまぬ。どのような方法でもよいから、まずはそなた……《レンジャー》の誰かを、特にできればそなたを篭絡して、我らの領域へ連れ出そうと。それが今回、私と部下らが立てた作戦だったのだ。うまくいくかどうかは五分五分だったが」
「…………」
「そうして、とにかくこちらの実情を知ってもらう。歴史的な状況などの情報も、嘘偽りなくしっかりと伝えてみる。穏便にいけばそれでよし、それが無理でも必要とあらば私の体液をもっと与えて理性を失わせ、奴隷化してでもいう事を聞かせよう……と。そうしてなんとか仲間を説得させようと。それでどうにか、和平への道を模索せんと。そう言う者らは多かった」
「な、なんだって……?」
頭が混乱している。いや無理もないと思う、自分でも。こんなふうに一時にいろいろな情報が与えられても、自分ごときには処理できないのだ。
「ど、どうして……俺なんだよ」
「《レンジャー》たちは《勇者パワー》に護られている。普通の人間では、そもそも私の体液への耐性がなさすぎて、あっという間に気が狂い、命を落としてしまうのだ。だから引き入れるなら、難しいがまずは《レンジャー》のだれかから……というのが一致した家臣らの意見だった」
「…………」
ぐさり、と心臓にナイフを突きたてられたような気がした。
どうしてだかはわからない。わからないが、いま確実にリョウマの心のどこかにヒビが入ったような気がした。
「……じゃ、なくても、よかった……?」
「え?」
聞こえなかったらしく、魔王が怪訝な顔になる。
「それじゃ……俺、じゃなくてもよかった、ってこと……? 誰でもよかったのか。《ブルー》だって、《イエロー》だって──」
「いや。それは──」
魔王の視線が、ほんの一瞬だがちらりと周囲に彷徨った。
(……!)
ズキン、と本当に心の臓が鋭い痛みを訴えた。
(なんだ……? なんだよ、俺)
どうしてこんなにショックを受ける? どうだっていいではないか。
こいつらはずるい魔族だ。魔族がどんな汚い策を弄して自分たちをだまくらかし、罠に掛けようとしたからといって、驚くにも傷つくにも当たらない。
自分はこんな奴のことはもともと信用していない。こいつが《レンジャー》のうちの誰かを誑かそうとして家臣らと画策していたから、どうだと言うのだ。なんでそんなことで、こんな風に自分が混乱しなくてはならないのか。
胸元を抑えていきなり立ち尽くしてしまったリョウマを見つめて、魔王もしばらくは言葉もなく、ただじっとしていた。
が、やがて立ち上がると、リョウマの前に身を低くし、片膝をついた。
リョウマは魔王から目をそらしたままだったが、その手をそっと取る。ぴくっとその手が一瞬だけ震えた。
「……正直に言おう。私はそなたが──《レッド》であるリョウマがよかった」
ぼんやりと宙をさまよっていたリョウマの視線がぴくりと止まり、ゆっくりと魔王の上へと下りてきた。
「本心だ。あの時、どのような流れになろうとも……そなたをこそ、私はあの森へ連れていきたいと思っていた」
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