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第三章 魔族たちの街
7 屋台めぐり
しおりを挟む「これは何回目だろうな。珍しいのはわかるが、あまりきょろきょろするでない。ついでながら、あまりぽかんと口をあけっぱなしにするのもやめよ」
「わ、わかってるけどお~……」
無理を言うな。こんな初めて見るものばかりで、きょろきょろしないでいるほうが拷問ではないか。
と不満に頬を膨らませていたら、ひょいと口元を黒いマスクでふさがれた。
「ふがっ? あにすんだよっ」
「やはりもう少し顔を隠しておいたほうがよかろう。マントのフードもちゃんとかぶるように。そら、このようにして」
「う~……。わ、わかったよ」
そこはやっぱり、否定しても始まらない。
黒い犬の耳がまたうまく出せるように切り込みのはいったマントのフードを、リョウマはもそもそとかぶり直した。マントはダークグレーの柔らかい素材で、縁に幾何学模様の金の刺繍がほどこされている。
エルケニヒ本人はというと、例によってまた容姿を変えている。あのままだとすぐに町の人々に「魔王さまだ!」と気が付かれて囲まれてしまうらしい。というわけで、今の魔王は黒髪に浅黒い肌、角は鬼のように少し高い位置で尖った小さなものに変わっている。
しかし、たとえどんな姿になっても「けっこうなオトコマエ」にしか見えないのが、リョウマとしてはちょっと悔しい。
「今日は市が立つ日でな。祭りのときほどではないが、少しなら出店もあるぞ。そなたの好きそうな焼き鳥の串焼きなどが──」
「やっ、焼き鳥っっ?」
きらーんと目を輝かせた次の瞬間、もう鼻孔をくすぐる美味そうな匂いがしてきた。いつもよりも嗅覚が優れているような気がするのは、もしかしたら犬の《擬態》になっているからかもしれない。
リョウマは鼻をひくひくさせて、エルケニヒが呼ぶ声など無視してそちらへすっ飛んでいった。
魔王が説明したとおり、噴水の広場の一部でいろいろなものを売る市がでていた。そのすぐ脇には食べ物の屋台が出ていて、街の人々が各々、楽しそうに買い物をしている。どの人もそれなりに裕福そうで、汚れたみすぼらしい恰好をした人はだれもいない。
焼き鳥の屋台はすぐにわかった。串に刺さった鶏肉と野菜が、甘辛いタレを光らせてじゅうじゅうとうまそうな音をたてて焙られている。見ているだけで、もうヨダレが垂れそうだ。
「おっちゃん、おっちゃん! これいくら?」
うちわのようなもので焼き串を扇いでいたのは、ブタ顔をした太鼓腹の男だった。邪気のない瞳が、じろっとこちらをひと睨みする。
「一本三ガルだ。けど犬の兄ちゃん、順番は守んなよ」
「あっ。ごめん……」
見れば、街の人々はちゃんと列を作って並んでいる。イノシシ顔をした親子連れの、小さな子どもにちょっと悲しそうな目で見上げられてしまって、リョウマは慌てて列の最後尾についた。ただの《擬態》のはずなのに、耳もしっぽも「しょん」とばかりに垂れている。
と、後ろからふわっと大きな腕に抱きしめられた。
「叱られてしまったな。気にすることはない。最初はみんなそんなものだ」
もちろん魔王、エルケニヒだ。
「なんでも好きに注文するといい。鉄板焼きの焼きそばやお好み焼きなどもあるぞ」
「おお……、そっちもあとで、すぐに行くっっ!」
「もちろんだ。好きにいたせ」
よしよし、と黒い大きな耳を撫でられたら、腰のあたりがへにゃっと砕けそうになった。
なんでそんな「可愛くてたまらない」みたいな顔と、声と、手つきをするんだこの男。
そして自分は、どうしてこの男にこうされてちょっと嬉しくなってしまっている? 黒い尻尾がなんだか勝手に、ぶんぶん左右に振られてしまっているんだ?
いや、ちがうぞ。
これもきっと、犬の《擬態》をさせられたせいだ。絶対にそうに違いない。
(ううっ。いかんいかん! ダメだ俺。気をひきしめろ……!)
まったく、「食欲さえ刺激しておけばなんとかなる」とか思っていないかこの魔王。そんなわけはない。バカにするな。そんな誘惑に負ける俺じゃないぞ。これでも俺はれっきとした《BLレンジャー》の──
「はいよっ、お待たせ。串四本な。合わせて十二ガル、まいどあり~」
リョウマの無駄な心の抵抗は、店主のこのセリフであっさりとどこか遠くへふっ飛んでいった。
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