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第三章 魔族たちの街
5 情報集め
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しばらく重苦しい沈黙が流れた。
ふたりが話をする間、村人たちは気をきかせて席を外してくれているのだが、そうしてくれて心底よかった、と思った。
「そ、……んなの。そんなこと、言われてもっ。い、いまさらっ……」
「そうだな。『今更』だ。すでにそなたの村と我らは互いに多くの血を流し、傷つけ合い、恨みの上に恨みを重ねてきてしまった。互いの家族や親族、恋人を殺し合い、傷つけあってきたことは、その記録と記憶は……今後も決してなくなるわけではない。もうもとに戻ることは決してできないだろう。それは私も理解している」
「…………」
頭がぐらぐらする。
リョウマはその場に肩を落として座り込んでいたが、やっとのろのろと目をあげた。
「……だけど。そんなの、証拠はあんのかよ」
「なんだと?」
「だって。あんたがいま言ったことだけで、俺に何が信じられる? 俺が昔のことをよくわかってなかったのは本当だけどさ。あんたはあんたで、自分に都合のいいことだけ言ってるかもしんねーじゃんかよ」
「……ふむ。一理あるな」
こんなひどい言い方をしたら腹を立てるかと思ったのに、魔王は至って冷静だった。目の奥にちらりとでも怒りの炎が燃え立つかと思ったのに、リョウマの安い挑発なんかには針の先ほどもブレないらしい。
(くっそう……)
悔しいが、それが結局千年も生きた奴と、たかだか二十年ほど生きただけの若造の自分との差なのだろう。いわゆる「経験の差」というやつだ。
「信じられぬというなら、いくらでも調べてみるがいい。十分に情報を得て、そのうえで判断せよ」
「ん? ……ん、おお」
「そちらの村では、そもそも残された情報が少なすぎたであろうし。確か、文字の読み書きをするにも苦労する村人がけっこういるのであろう? こちらの村人に聞いてみるも、魔都の人々に聞いてみるもそなたの自由。魔都の中心部には図書館や博物館もあるゆえ、そこで様々な古代からの文献に当たるのもよし。そのためなら、別に私もそなたの行動を制限するつもりはないからな」
「えっ? マジかよ。じゃあ村に──」
帰せよ、と言う前にあっさりと「それは却下だ」と返答されてしまった。またもやリョウマはぶーたれる。
「なんだよ~っ、ケチぃ! いいじゃねえかよ、ドケチいい!」
「……まったく、子どものようだな、そなたは」
「そこがいいのだが」なんて口の中で言って含み笑っている横顔がまた妙に美しく見えてしまって、どぎまぎする。するが、必死で顔には出さないように頑張った。
いやしっかりしろ、俺の理性!
「いきなりこちらの村へ飛んできてしまったが、魔都の中も案内するぞ。どこへでも手間を掛けずに行けるよう、必要な通行証もすぐに用意させよう。ただし、容姿を変える魔法は掛けさせてもらうし、いざと言う時のため、顔はフードなどで隠しておくことをお勧めするがな」
「……わ、わかった」
それはそうだろう。
魔都にはきっと、《BLレンジャー》に家族や親族を傷つけられた人がたくさんいるに違いない。まあ《鎧装》で戦うことがほとんどだったから素顔までは知られていない可能性が高いが、それでも知っている者がいないわけではないだろう。下手に素顔で歩き回るのは危険すぎるというものだ。レンジャーに恨みを持つ者たちに袋叩きにされたって文句は言えない。
だが実際、ここから逃げられない立場で囲まれたら、一体どうしたらいいのだろうか。腕っぷしにはそれなりに自信はあるが、今の自分は《鎧装》にもなれないのに──。
「案ずるな。もちろん、私も同行する」
「はあ? なんでだよっ」
「魔都と魔族についてそなたに知ってもらうことは、魔族全体にとって大いなる利益につながるからだ」
「ん……んん?」
わかったような、わからんような。
「それに、魔都には色々とそなたの知らぬ見どころがあるんだぞ? そなたをいろんな場所に連れていきたい。美味しいもの、美しい景色、にぎやかな祭り、それにロマンチックなカフェ。すでに執事やメイドたちから『おすすめデートコース』なる情報を大量にもらっているし」
「おすすめデー……ってドアホウ! なんっで俺が、てめえと楽しく魔都デートなんぞしなきゃなんねーんだっつのクソどアホーウ!」
「あっははははは!」
やっぱり楽しそうに大笑いされ、リョウマはぷるぷる震えながら真っ赤になって黙り込んだ。
本当にヒマか、この魔王。
ふたりが話をする間、村人たちは気をきかせて席を外してくれているのだが、そうしてくれて心底よかった、と思った。
「そ、……んなの。そんなこと、言われてもっ。い、いまさらっ……」
「そうだな。『今更』だ。すでにそなたの村と我らは互いに多くの血を流し、傷つけ合い、恨みの上に恨みを重ねてきてしまった。互いの家族や親族、恋人を殺し合い、傷つけあってきたことは、その記録と記憶は……今後も決してなくなるわけではない。もうもとに戻ることは決してできないだろう。それは私も理解している」
「…………」
頭がぐらぐらする。
リョウマはその場に肩を落として座り込んでいたが、やっとのろのろと目をあげた。
「……だけど。そんなの、証拠はあんのかよ」
「なんだと?」
「だって。あんたがいま言ったことだけで、俺に何が信じられる? 俺が昔のことをよくわかってなかったのは本当だけどさ。あんたはあんたで、自分に都合のいいことだけ言ってるかもしんねーじゃんかよ」
「……ふむ。一理あるな」
こんなひどい言い方をしたら腹を立てるかと思ったのに、魔王は至って冷静だった。目の奥にちらりとでも怒りの炎が燃え立つかと思ったのに、リョウマの安い挑発なんかには針の先ほどもブレないらしい。
(くっそう……)
悔しいが、それが結局千年も生きた奴と、たかだか二十年ほど生きただけの若造の自分との差なのだろう。いわゆる「経験の差」というやつだ。
「信じられぬというなら、いくらでも調べてみるがいい。十分に情報を得て、そのうえで判断せよ」
「ん? ……ん、おお」
「そちらの村では、そもそも残された情報が少なすぎたであろうし。確か、文字の読み書きをするにも苦労する村人がけっこういるのであろう? こちらの村人に聞いてみるも、魔都の人々に聞いてみるもそなたの自由。魔都の中心部には図書館や博物館もあるゆえ、そこで様々な古代からの文献に当たるのもよし。そのためなら、別に私もそなたの行動を制限するつもりはないからな」
「えっ? マジかよ。じゃあ村に──」
帰せよ、と言う前にあっさりと「それは却下だ」と返答されてしまった。またもやリョウマはぶーたれる。
「なんだよ~っ、ケチぃ! いいじゃねえかよ、ドケチいい!」
「……まったく、子どものようだな、そなたは」
「そこがいいのだが」なんて口の中で言って含み笑っている横顔がまた妙に美しく見えてしまって、どぎまぎする。するが、必死で顔には出さないように頑張った。
いやしっかりしろ、俺の理性!
「いきなりこちらの村へ飛んできてしまったが、魔都の中も案内するぞ。どこへでも手間を掛けずに行けるよう、必要な通行証もすぐに用意させよう。ただし、容姿を変える魔法は掛けさせてもらうし、いざと言う時のため、顔はフードなどで隠しておくことをお勧めするがな」
「……わ、わかった」
それはそうだろう。
魔都にはきっと、《BLレンジャー》に家族や親族を傷つけられた人がたくさんいるに違いない。まあ《鎧装》で戦うことがほとんどだったから素顔までは知られていない可能性が高いが、それでも知っている者がいないわけではないだろう。下手に素顔で歩き回るのは危険すぎるというものだ。レンジャーに恨みを持つ者たちに袋叩きにされたって文句は言えない。
だが実際、ここから逃げられない立場で囲まれたら、一体どうしたらいいのだろうか。腕っぷしにはそれなりに自信はあるが、今の自分は《鎧装》にもなれないのに──。
「案ずるな。もちろん、私も同行する」
「はあ? なんでだよっ」
「魔都と魔族についてそなたに知ってもらうことは、魔族全体にとって大いなる利益につながるからだ」
「ん……んん?」
わかったような、わからんような。
「それに、魔都には色々とそなたの知らぬ見どころがあるんだぞ? そなたをいろんな場所に連れていきたい。美味しいもの、美しい景色、にぎやかな祭り、それにロマンチックなカフェ。すでに執事やメイドたちから『おすすめデートコース』なる情報を大量にもらっているし」
「おすすめデー……ってドアホウ! なんっで俺が、てめえと楽しく魔都デートなんぞしなきゃなんねーんだっつのクソどアホーウ!」
「あっははははは!」
やっぱり楽しそうに大笑いされ、リョウマはぷるぷる震えながら真っ赤になって黙り込んだ。
本当にヒマか、この魔王。
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