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第一章 墜落

4 対峙

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 いやな沈黙がしばし流れた。洞窟の入口がある方からは、ひゅうひゅうと冷気が吹きこんできている。外はまだ激しい雪嵐であるようだ。強風が岩肌を打ちつける音がここまではっきりと聞こえてくる。
 リョウマはそろそろと身を起こすと、なるべく魔王から距離を取りつつ、じわじわと焚火の方へ近づいた。魔王から目を離さぬようにしつつ、彼と焚火と自分で、扇形を作るように。
 少しでも温かい場所を確保しなくては、この気温ではすぐに凍傷や凍死してしまう危険がある。まあ、まがりなりにもまだ使える敵の魔法を利用させてもらう形なわけで、決していい気はしないが「背に腹はかえられぬ」と腹をくくったのだ。

 リョウマが移動している間、魔王は完全に無関心そうによそを見ていた。片膝を立てて座り、その膝に肘をついた格好だが、そういう姿も腹が立つほどになっている。

(くっそう……)

 武神として、力と力で渡りあうときにはべつに引け目など感じないリョウマだが、どうもこの「男として」の姿というか、在りようというか、圧というか存在感だとかそういうものについては、自分がはるかにこいつに劣っているような気がしてしまうのが腹立たしい。今に始まったことではなく、初対面で戦闘に突入した日から思っていたことだ。
 いやまあ、無理もないのだが。なにしろ相手は千年のよわいを超えた魔王なのだ。
 だいぶ大回りをして、魔王の正面に近い場所に座を占めると、リョウマはそこであぐらをかいた。
 とたん、なんだか腹のあたりがひどくせつなくなっているのに気づく。

(うう……。腹へった)

 「育ち盛り」と呼ばれるような年は過ぎかかっているが、それでもまだまだたくさん食べなくては体がもたない年齢だ。老齢の村人たちは一日二食を旨としているが、自分にとっては五食たべても足りないというのが正直なところ。今回も、この戦闘の直前にしっかりと腹ごしらえはしてきたつもりだったが、とっくに「腹の虫センサー」がピーピーとやかましくがなりたて始めている。
 予想した通りだったが、魔王が冷ややかな視線をこちらに投げた。

「人間とはまことに面倒なものだな。暑さに弱く、寒さに弱く、空腹に弱く……我慢しすぎれば命の危険すらある。まこと脆弱ぜいじゃくな生き物よ」
「う、うるっせえよ!」

 そういえば魔族の中には、空気中の魔力のもと、魔素を吸収してかてとする者がいるらしい。上級魔族ほどそうした力もランクアップするらしいから、つまりその頂点にいるこの魔王はその力もトップクラスということになるのだろう。
 まったく羨ましい。普段、敵を羨ましいなんてこれっぽっちも思ったことはないが、今は無性に羨ましかった。

「お前には『腹が減る』ってのがどういうことかもわかんねえんだろ。それで死んでいく人間のつらさもよ。そんなやつは黙っとけってん……だああっくそっ!」

 溜め息とともに言ったのと同時に、また腹が激しくみっともない音を立ててしまった。黙らせようと拳で何度か殴りつけるも、なんの役にも立たない。そんなことでおさまる腹の虫なら、こんなに苦労はしないのだ。

「お前たちは飢餓状態になれば同族すら食らうことがあると聞く。左様な真似をするぐらいなら、魔族でいる方がいくらかマシなのではないか?」
「はあ? なに言ってんだ。んなわけねえだろっつーの!」
「まあ、下級魔族も同族食らいぐらいはするのだから、お互い様ではあるがな。ところで」

 と、魔王はなぜかズイとこちらに膝を寄せてきた。
 リョウマは思わず身を引いてしまってからそれに気づき、心の中だけで舌打ちをした。

(なぁにをビビってんだ俺。こんな奴に……!)

「なんだよ」
「餓死する方がいいと言うなら無理強いはしないが。いまこの場で、お前の空腹を軽減できる方法がひとつある」
「は? んだよそれ、早く言えよ!」

 思わず大声を出したのと対照的に、魔王はふと口をつぐんだ。
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