207 / 209
終章
エピローグ(2)
しおりを挟む第二皇子、第三皇子、第四皇子。
みんな帝位を放棄した。
……となれば。
皇帝になられるのはだれあろう、このインテグリータス殿下を措いてほかにないではないか!
《あの、ほかに欲しい称号って……》
恐るおそる訊いたら、インテス様はふふ、と笑った。
「今は言えない」
《え、どうして──》
「この大きくてもふもふのそなたも素敵で、正直いつも気が狂いそうなほど大好きだけれど」
《は……はあ》
いつもながらこの人のこういうもの言いには二の句が継げなくなる。正直嬉しいけれど、どう反応するのが正解なのかわからなくて困り果ててしまうのだ。
「でもこればかりは、いつもの姿のそなたに言いたいんだ。少しだけ待ってくれないか」
《はい、もちろんですけど、でも──》
「手数をかけて申し訳ないが、今から少し遠出をしないかい? なに、そなたの速さであればそんなに遠くはないはずだから」
にこにこしているが、インテス様のご様子がいつもとちょっと違う気がする。なんとなく匂いも違うようだ。シディは奇妙な胸騒ぎを覚えた。
(なんなんだろう? いったい……)
首をひねりながらも、言われるままに飛ぶ。今のシディはどんなに速く飛ぶ鳥や魔導士たちよりも早く空を駆けることができる。
上空は地上よりもはるかに気温が下がり、空気が薄くなる。だから乗っている人に負担にならぬよう周囲に魔力の防壁をつくることもしっかり覚えた。
雲が眼下をびゅんびゅん飛んでいく。雲と空気で邪魔されない太陽は、ぎらつくようなまぶしい光を網膜に突き刺してくる。
やがてインテス様が「あそこへ」と指さしたのは、かつて最初の《黒き皿》をみんなで消滅させた、あの小さな辺境の島だった。
人里の見えない浜辺へと降りたち、導かれるままに海岸をぐるりと歩いていく。
《わあ……》
見晴らしがいい。ずっとずっと遠くまで、きれいな水平線が続く海の景色が目の前に広がっている。聞こえるのは波と、遠く鳴きかわす海鳥たちの声、そして自分たちが砂地を踏みしめる音だけだ。
シディはそこで、黒い狼族の獣人姿にもどった。
三年は少年にとって、短いようでも結構長い時間だった。今ではシディは、インテス様よりわずかに背が低いだけのほぼ「青年」と呼んでよい姿になっている。
だが、本来ならこれが正しい状態だった。
そもそも水の精霊アクア様に隠していただいた時間があったために少年の姿だっただけで、本来ならインテス様と自分は同い年のはずなのだから。
口づけをするとき、あまり背伸びをしなくて済むようになったのは、一年ほど前からだろうか。それがちょっぴり嬉しいような、でも残念なような、どうにも不思議な気分だった。
「こんなきれいな場所があったんですね」
「ああ。その後の視察の折に見つけてね。いつかそなたと一緒に来たいと思っていた」
頃合いはちょうど夕刻に差し掛かるほどで、西側に広がる水平線へゆっくりと太陽が落ちかかっている。周囲の雲が陽に照らされて金色に輝く時間だ。
「おいで」
手を差しだされ、なかば無意識にそこへ手を乗せると、ぎゅっと握られる。インテス様はそのままさらに高い崖の、岬の先のほうへとシディを連れていった。
夕陽が斜めに目に差し込んできてまぶしい。シディは目を細めながら、斜め後ろからインテス様の背中だけを見て黙って歩いた。
岬の先まで来たところで、インテス様はようやくこちらを向いた。紫のきれいな瞳がいつもの何倍もきらめいているように見えて、シディはハッと息を飲んだ。
もう何年も一緒にいるのに、この方はまだまだ、そしてしばしば自分をどきりとさせる。共寝をするときはもちろんだが、こうしてただ歩いているようなときですらそうだ。
と、インテス様が目の前で片膝をついて、シディは慌てた。
「えっ? あ、あの──」
身を引こうにも、片手はインテス様にしっかりと握られたままである。
下から熱のこもった視線で見上げられて、シディは喉がつまったみたいになった。言いかけた言葉を思わず飲み込んでしまう。
「シディ。以前にも申したが、あらためて言わせておくれ」
「は……はい?」
ばっくんばっくん。
心の臓が次第に早くうちはじめ、口から飛び出そうになっていく。
「私との結婚を、正式に申し込みたい。……どうか、受けてくれないか」
「い、いんてす……さま」
けほ、とひとつ咳が出た。
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる