白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
206 / 209
終章

エピローグ(1)

しおりを挟む
《あの、インテス様》
「うん?」
《こ、こんなところに居ていいんですか? オレはともかく、インテス様は──》
「いいのいいの。そのために、忠実で優秀な補佐官たちをたくさん入れてあるのだから」

 いやそういう問題ではない。
 そう思うけれど、シディにはいまひとつ反対する気持ちが欠けていた。
 なぜなら心密かに嬉しかったからだ。こうしてこの人と、ふたりきりで出かけることが。

 巨大な狼の姿になって背にインテス様を乗せ、シディはいま帝都を見下ろせる高いところをゆっくりと旋回しつつ飛んでいる。
 帝都と神殿を大いに破壊されたあの《闇》の最後の悪あがきから三年。もろもろの勉強に加え、魔力を扱う訓練も重ねて、今ではシディも自分の魔力を扱うすべをかなり心得てきている。

(ああ。だいぶきれいに戻ってきたなあ……)

 眼下の帝都は、すっかりもとどおりの活気を取り戻している。
 そのなかで、神殿の建物だけは異様な雰囲気をたたえていた。そこだけはあきらかに覇気がないのだ。
 最初こそ壊れた部分を補修しかかったらしいのだが、やがてその作業はとりやめになり、今では建物の一部取り壊しと改修作業に入っている。改修も、もとどおりに戻すためではなく、あれを別の建物に作り替えようとするものだった。

 あれから、多くのことがあった。
 神殿の最高位神官サクライエは、あの時の傷がもとで寝床から起き上がれなくなり、寝たきりになってしまったようだ。そこからあっという間に状態が悪くなり、老衰も進んで逝去してしまったのである。あの事件で大いに民心の離れた神殿にとってこれほどの打撃はなかった。結局、かれらがもとのように復活することは難しくなったのだ。

 皇帝モロボスの体調もよくなかったのだったが、こちらもサクライエの後を追うようにして崩御した。死因に不審な点はなく、これまでの暴飲暴食や淫蕩の生活によって短命を招き寄せた、というのがご典医師団の下した診断だった。
 もと皇太子のアーシノスが廃嫡されたあと、第一皇位継承権を持つことになった第二皇子は病がちな人で、皇帝崩御の直前になって「自分にはとてもこの大役は務まりませぬ」と継承権を返上してしまっていた。
 第三皇子は人格破綻者であり、第四皇子は非常に虚弱な者だったため、双方臣下からの信頼を得られておらず、最終的に継承権を失うことになった。もちろんそれまでには大変なすったもんだがあったわけだが。それぞれ別の母后を持つ人であり、母方の貴族連中がかたくなに反対したためである。

 人格に問題が多かった第三皇子は、この混乱の中、非常に不審な死を遂げた。乗っていた皇宮の馬車が突然暴走して川に落ちたのである。
 馬が暴走した理由はいまだに謎ということになっているけれども、シディたちは知っている。精霊たちにはこの世のありとあらゆることがお見通しだからだ。かれらはシディたちの耳に、そっと真実を囁いてくれた。
 こうしたことを危惧していた第三皇子は毒見を何人も置いて口に入れるものについては非常に気を遣っていた。毒殺することは難しい、というわけで下手人たちは馬車の事故死に見せかけたというわけである。
 これにはさすがにインテス様も顔色を悪くなさっていた。なんといっても、似たような事故で母上を亡くされているのだ、無理もないことである。

 これらの騒動について第四皇子自身がどこまでかかわっていたかは不明だったが、恐らく親族のだれかが糸を引いたのは間違いないだろう。その事実を知ったせいなのかどうなのか、虚弱な皇子はひどく体調を崩し、ほとんど人事不省の状態にまで陥ったという。これで皇帝になれるはずがない。
 というわけで、第四皇子とその近親貴族連中も、泣く泣く皇位継承権を手放したのだ。

 もちろんこれらの騒動に、インテス様の陣営はいっさい関与していない。かれらは互いに権力に酔わされて、互いに食い合い、自滅していったばかりのことだ。

《もうすぐあそこに、師匠たちが来るんですね。楽しみです》
「ああ。そうだな」

 もと神殿だった建物は、偉そうに天を衝いて建っていた高い尖塔がなくなって、もっと親しみやすい建物に生まれ変わることになっている。そしてそこは、五柱の精霊だけでなく、かれらの親たる白と黒の神々をも祀る魔塔と同じ組織になることになったのだ。
 人々はこれから、これまでよりもいっそう強力な魔導士たちの力によって護られることになる。病気や怪我などもほとんど無料で治してもらえるはずだった。

 目の前に広がる未来を考えると、胸がふわっと大きくなって息がしやすくなるようだった。シディは嬉しくて嬉しくて、空中でぴょんぴょん跳ねまわった。

「あはは! シディ、気持ちはわかるがあまり暴れないでくれ。私はそなたのように空は飛べないのだからね」
《あっ。すみません……》
「さて。落ち着いたら、あらためていろいろ考えなくてはな」
《そうですね。即位式とかなんとか、儀式がいっぱいなんでしょう?》
「いや、それはどうでもいい。適当にしよう」
《はい? なにをおっしゃってるんですか、!》

 ふざけてわざとそこだけゆっくり言ってあげたら、インテス様は苦笑した。

「こらこら。そんな称号はどうでもいいんだ。皇帝がどんな愚か者でも、しっかりした臣下がいれば国は回る。これまでもそうだったようにね。……私が欲しいのは、そんなつまらぬ称号ではないよ」
《えっ?》
 
 狼の顔のまま、シディはきょとんとなった。
 なにをおっしゃってるんだろう。
 第二皇子、第三皇子、第四皇子。
 みんな帝位を放棄した。
 ……となれば。
 皇帝になられるのはだれあろう、このインテグリータス殿下を措いてほかにないではないか!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...