白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十六章 恐慌

17 ぼくぼくぼく

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「ぼくぼくぼくぼく」
「うんうんうんうん」
「ぼくぼくぼくぼくぼくぼく」
「うんうんうんうんうんうん」
「ぼくぼ……あのう、インテス様?」
「うん?」
「いつまで続ければいいんでしょう、これ……」

 シディはいま、昼間に学問所で挨拶したとき以上の羞恥で茹であがりそうだ。
 しかもここはインテス様のご寝所。その寝台の上なのに!
 何が悲しくて自分は、このかたに自分の新たな一人称を山のようにご披露させられているのだろう。

「……はあ。この程度では私の痛恨に傷んだ心はまだ慰めきれないが……まあ、いいとしよう。すまないね、シディ。つまらないワガママを言って」
「はあ……いいえ」

 なんだかもう脱力してしまう。

「それより、学問所ではどうだった? 挨拶だけでは終わらなかったのだろう? 少しは授業にも参加できたのかい」
「はいっ」

 そうそう。本来、こういうことを聞いていただく時間だったはずなのだ、いまは! それが一体どうしてこうなったんだ!

「子どもたちはみんな、とってもやる気があって頑張っていましたよ。インテス様にすごくすごく感謝していました。お礼をお伝えして欲しいって、何人もの子から言われましたよ、熱心に」
「そうか。シディの仕事はどうだった? うまくやっていけそうかな?」
「あ、はい……!」

 実は、始まる前はかなり不安にも思っていた。だが、意外にもシディに手助けできることは多かったのだ。
 文字の読み書き以前に、ペンの持ち方からしてわからない子もいる。言葉と文字が連動していることが理解できていない子もだ。そういう、あまりにも基礎的なことからわからない子たちにとって、シュールス先生やラシェルタみたいな優秀な人たちの説明は、時として理解の範囲を越えすぎてしまう。
 そのあたりは最初のうちシディ自身も苦労したことであったりしたので、「ぼくはこんな風に理解するようにしたよ」とか「こんな工夫をしたらわかるようになってきたよ」とか、思った以上に子どもたちの手助けをすることは多かったのだ。
 前にインテス様がおっしゃっていた通りだった。自分には、あそこでできることがたくさんありそうなのだ。

「それは良かった。私が言った通りだっただろう? シディは良き教え手になれると」
「い、いえ。オレなんかまだまだです。……でも、がんばりたいです!」
「うん。その意気や良し、だ」

 インテス様はにっこりした。お疲れだろうに、休むためのはずの大切なお時間をこうしてシディのために割いてくださる。いつもそうだが、本当にお優しい方だ。そしてそれは、きっとシディを──

(あ、……愛して、くださってるから……だよね)

 考えたら、ぼっと体が熱くなった。

「ん? 何を考えているのかな、シディ」
「えっ」
「急に顔が赤くなった。イヤらしいことでも考えたのかい」
「えっ。えええ! ちっ、ちが──」

 ぶんぶん首を左右に振ったのに、インテス様ときたら急に非常に嬉しそうな笑顔になって、ぼすんとシディを寝台に押し倒した。

「うひゃうっ!? い、いいインテスさまっ?」
「さあ、正直に言ってごらん。いまちょっと、この可愛らしくて小さな頭の中で何を考えていたのかを」
「ひえっ」

 片手を取り上げられ、ちゅ、と音をたてて指先に口づけが落とされる。

「ほっ、ほほほんとですっ! イ、イヤらしいことなんて、オレ──」
「『ぼく』」
「……は?」
「せっかく練習したのに、もう戻っちゃうのかい? 『ぼく』。さあ、言ってみて」
「いやあの……あれ、練習だったんです……か?」
「そうだよ?」

 なんなんだそれは。いったいどういう意味なんだ。

「自分のことを『ぼく』って言うシディと今夜は仲良くしたいなあ」
「っ……はあ???」

 全身が爆発しそうに熱くなった。
 もうやだ、この人!

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