白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十六章 恐慌

16 痛恨事

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 読み書きと計算が少しでもできるだけで、子どもたちが悪い大人からだまされたり、搾取されたりする不幸を軽減できるだろう。それに、なにもできないよりはずっと高い給金で働く機会も開ける。
 ここには主人が許せば奴隷の子どもたちも来ることができるようになっている。
 実は奴隷でも、読み書きと計算ができる者は主人から重宝がられることが多い。だから、こちらへ自分の奴隷を通わせたいとみずから望む者も多いらしかった。奴隷自身も、それでいずれ自分の自由を早く買い戻して平民になるという希望が生まれるはずなのである。
 また武術が得意になれば、兵士として出世していく道もあるだろう。もちろん単純に身を護るすべを手にいれられるという利点もある。

『大切なのは、できるだけ能力のある者を育てることと、かれらを決して我らのいいように、一方的に利用しようと考えないことだ。結局はそれが、我々の国力をあげてくれる』──と、インテス様はおっしゃった。

 もしかしたらインテス様は、いずれはこの国の奴隷制そのものもなくしていきたいとお考えなのかもしれない。この学問所は、そこへ向かうための最初の一歩と言えるのかもしれなかった。
 だとしたら、手伝いとはいえここで働かせていただく自分も責任重大である。

「オレ……じゃなくて、ぼ、ぼくは」

 シディは「わたし」と「ぼく」とでちょっと迷ったが、最終的にこちらを選んだ。いまこの場でシディが「ぼく」と言ったからといって、あの売春宿にいたときのように見下してくる者はひとりもいないはず。だったら別にいいではないか。

「ぼくも、みなさんと同じでまだまだ学んでいる途中です。わからないこともたくさんあります。だから、ぼくは先生ではないです。みんなの勉強のお手伝いができたらいいなと思っています。……どうぞ、よろしくお願いします」

 しどろもどろだったが、どうにかこうにか挨拶を終えて頭を下げ、体じゅう真っ赤になったような気分で後ろへ下がる。
 ──と。

「うわああああっ」
「せんせえっ」
「オブシディアンせんせえ!」

 一拍おいて、凄まじい歓声と拍手がわきおこった。

(ひえっ?)

 思わずシュンッと飛び上がる。尻のところで、きっとしっぽが大爆発をおこしているに違いなかった。

「来てくれてありがとうございます!」
「ぼくたちがんばります!」
「わたしたちの方こそ、よろしくお願いしますっ!」
「み、みんな……」

 なんだかじーんとした。目の裏がじゅわっと熱くなり、鼻の奥がつうんとする。
 と、そっと背中に手が置かれたのを感じた。見上げるとラシェルタがいる。

「あ。ラシェルタ……」
「私からもお願いします。あなた様に来ていただいて助かりました」
「え?」
「ご存知のとおり、私はこんな顔でして。特に異種族の子どもたちには、最初のうち、たいへん馴染みにくいようなのです。必要以上に怖がられてしまいまして……。物柔らかなオブシディアン様が授業で間に入ってくださるならば、望外の喜びにございます」
「そ、そんな。……でも、そうなんだね。が、がんばるね……」
「はい」

 うっすらと目を細めるいつもの顔。この男としては十分、「派手ににっこりしている」状態なのだと、今のシディにはわかっている。……が、慣れない子どもたちにとっては恐らく、かなり怖い顔に見えてしまうのだろう。だからこの男の言いたいことはよくわかった。





「なるほど。では早速明日から授業の手伝いに入るのだな」
「は、はい。仕事を紹介してくださってありがとうございました」

 その夜。インテス様の寝室。その寝台の上。
 シディ早速、今日のことを報告していた。インテス様はいちいち「うんうん」とにこにこして頷きながら聞いてくださった。だが。

「なによりだった。……しかし、ひとつだけ気に入らないことがある」
「えっ? な、なんでしょう」

 インテス様がちょっとだけ黙る。
 なんだかイヤな予感がした。

「あのう、どうしたんですか……?」
「どうしたんですかって、シディ!」
「ぴゃっ?」
 またもや飛び上がってしまう。
「君の大切な大切な『はじめて』を、ほかの者たちに奪われるなんて! こんな痛恨事つうこんじがほかにあるかい?」
「は? え? あの……な、なにをおっしゃって──」
「シディ!」

 ガシッと両肩をつかみこまれて「ひっ」と凍りつく。
 インテス様の目が怖い。真剣すぎるし、どこか狂気すらはらんでいるようにも見える。

「君がっ……自分のことを『ぼく』と言うだなんて! そんな大事なはじめてを、私はこの目で耳で、全身で感じられなかったとは……! 痛恨! まさに痛恨だよ!」
「……はいい?」

 完全に目が点になった。
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