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第十六章 恐慌
15 仮学問所
しおりを挟むただ守られているだけなんて、もうごめんだ。
自分にだってきっと、お手伝いできることがあるはずではないか……!
シディはインテス様に向き直ると、まっすぐにその目を見つめた。
「インテス様。オレにもなにかお手つだいさせてくださいっ」
「いや、シディ──」
ひとの話を聞いていたのか、という視線が返ってくるが、ここで黙るわけにはいかない。
「このままインテス様ばかり大変なの、オレはイヤです。た、大したことはできないの、わかってますけど……でも、なにかお手伝いしたいんです! お願いします!」
「うーん。『お手伝い』か──」
インテス様が一瞬天井を見上げて指先で顎を掻いた。
しかしすぐ、いたずらっぽい視線がこちらを向いた。
「私が個人的に最もしてほしいのは、なによりも」
「は、はい」
「『少し疲れたとき、そなたの素敵なふもふに包まれて眠ること』、なんだが」
「……はああっ?」
かあっと顔が熱くなる。
まったくもう、この人は!
そこでティガも聞いているのに、しれっと何をおっしゃるんだ!
こんなときにまでそんな冗談を言って!
インテス様は「あっははは」としばらく大笑いされたが、いきなり真顔になってシディの両肩を掴みこんでこられた。
「もちろん冗談ではなく本気なんだがな。そちらもぜひお願いしたい」
「は、はあ……」
「それでだ、シディ。それとは別に、あらためてそなたにお願いしたい儀があるのだが。いいだろうか?」
「えっ。……は、はい! もちろんです!」
◆
その日の午後。
シディは皇宮からほど近い、とある建物にやってきていた。
もともとは学問所の敷地なのだという。その一角に、最近あらたに場を作ることになったのだそうだ。
並べられた長い平机と、その前にずらりと並んだキラキラした目、目、目。
それがいま、みんなしてシディをじっと、憧れと恐れと期待の混ざり合った視線で見つめている。
「え、ええと……」
到着したとたん、この場をまかされている主任講師シュールスに前に押し出されてしまい、「自己紹介をなさいませ」なんて言われてしまって、シディは目を白黒させた。
だれにだって心の準備というものがあるだろうに!
「い、インテグリータス皇子殿下からのご、ご命令で、こちらへ来ることになりました。シディ……オ、オブシディアンです。どうぞよろしくお願いします……」
もごもごと舌をもつれさせながら、どうにかそこまで言ったが、最後はもう声が震えて消え入りそうになる。心臓はバクバクいいまくりで、今にも口からぼろんとそのへんに落っことしそうだ。
と、面前からひそひそと伝わってくる可愛らしい声が耳に入った。
「あれがオブシディアンさま?」
「ほ、本物……??」
「きゅうこくの、はんしん様……?」
「すごい!」
「ほんとうに金色の目だ……!」
「ぼく、ぼくはじめてみた!」
「わたしも~!」
そう。
ここにいるのは小さな子どもたちだった。とはいえ年齢も種族も本当にいろいろだ。
実はインテス様は、被災した民らの救援のついでに、すでに準備の進んでいた平民以下の子どもたちへの教育機関を発足させておられたのである。
主任講師県校長は、シディもお世話になったリスのシュールス先生。補佐として魔塔の面々、とりわけあのラシェルタがその長として協力してくれている。
この混乱の中、民らは家族に食べさせるものにすら困窮している。子どもたちには、こちらで一定の時間勉強をすれば食事が出されることになっていた。これだけでも、親たちの負担は相当軽減されるはずだ。
ここで基本的な読み書きと計算を学び、望む者には、ゆくゆくは学費を援助し、より高給のもらえる仕事を斡旋もする。そういうご計画なのだった。
もちろん人には向き、不向きというものがある。だから学問の強制はしない。やる気のない者にどんなに教えたところで、破れた袋に水を溜めようとするようなもの。時間と人材のムダ遣いになるだけだ。
頭を使う仕事より肉体派だという子もいるだろうから、本人が望むなら武術全般を指南する授業にいく手もあるという。ここで自分の得意な分野を見つけて、自分に合った割のいい仕事を探せるようにしてやりたいのだそうだ。
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