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第十六章 恐慌
2 飛翔体
しおりを挟むいかにも嫌そうな声で最高位神官サクライエから魔石通信が入ったとき、すでにインテス様とシディたちは巨大な《黒き皿》に対抗すべく魔導士隊と武装した軍隊を編成し終わっていた。
異変の報せを聞いてすぐ、インテス様は手下の者へ下知をし、魔塔にも援軍を要請したのである。セネクス翁はマルガリテ女史以下、配下の優秀な魔導士たちを多数つれて、《跳躍》魔法によりすぐに帝都に現れた。
あの隠れ家では手狭にすぎるため、今回は拠点を離宮としている。こちらの方が皇宮のある場所よりは神殿に近く、つまり《皿》のある地点にも近いからだ。
それぞれ戦時の装束に身を包み、シディの周りにはいつものようにティガリエとラシェルタ、そしてレオが立っている。その脇にちょこんと小柄なセネクス翁が魔導士の長衣を着て立っていた。その後ろに、大柄なワニ顔のマルガリテ女史。
《ともかく。有能な我が神官らの力をもってしても、弱き民らを守りきることかなわぬようで──》
サクライエが自分の矜持は守りつつも借りを作らないよう、うまく援助を申し出ようとあれこれもぐもぐ言っているのを、シディはイライラしながら聞いていた。インテス様の美しい眉間にも、さすがにたて皺が刻まれてしまっている。
それでもまだうだうだと続くサクライエの弁を、殿下は遂に「猊下」と遮った。
「ご心配は無用。この件であなた様に貸しを作ったなどと申す気は毛頭ない。我らは単に《救国の半身》としての務めを果たすまでだ。そうだな? シディ」
「もちろんです」
まだ人型のままではあるが、シディはしっかりとインテス様の隣でうなずいた。
《それは素晴らしき志よの》
「ことさらにお褒めいただく謂れもありませぬ。……ただ、此度は魔塔の面々の助力を得ることはお許しいただきたい。猊下がそちらにお作りになる借りについては私は関知いたしませぬ」
《うむっ? いや、それは──》
「この方々の助力なしに、此度の儀がどうにかなるとは思えませぬ」
こまる、と渋い声で言いそうにするのを圧するように、またインテス様が遮った。
「此度は今までにない規模の《皿》が出現している。成長速度も今までになく早いとの報告を受けております。もうあまり時間がない。こうしている時間も惜しいのです」
《ぬっ。し、しかし》
「もう一刻の猶予もない。すぐに出立いたします。でなければお守りになりたい民はおろか、神殿そのものの存続すら危なくなりますぞ」
《うぬう……。わ、わかった》
通信はそれで切れた。
レオがこめかみのあたりをひくつかせて恐ろしい眼光で魔石を睨みつけている。他の者たちの表情も似たり寄ったりだった。
「ともあれ。これで文句は言わせぬ。参ろう」
「よっしゃ。そんじゃ行くぜ、野郎ども!」
「おおおおおおお!」
背後から聞こえるのは、レオの配下である一個師団の鬨の声だ。とはいえ今回は魔導士たちの力によって《皿》を封殺することが第一目標なので、魔力を持たない兵士たちはずっと背後のほうで後方支援をしてくれる計画になっている。
「では、我らもそろそろ行くとしようかの。皆のもの、飛翔体を作れ」
「はっ」
守護魔法を使って周囲に魔力の壁をつくり、その上で《飛翔》を使って《皿》に近づく。中心に変身したシディの背にまたがったインテス様。周囲を魔導士たちが固めて飛ぶことになっていた。
シディたち以外にも、あと六つの魔力による飛翔体を構成する。それらで《皿》の周りを囲むようにし、全体を守護魔法で固めた上でシディたちによる封印を試みるのだ。
シディはギリギリまで変身はしないことになっていた。あまり大きな体だと、それだけ《飛翔体》を構成するのにも守護魔法をかけるにも余計な魔力が必要だからだ。
そうしているうちにも、帝都にあったありとあらゆるもの、草や葉っぱ、土やゴミなどがどんどん《皿》の方に向かって飛んでいくのが見える。朝はきれいに晴れていたのに、いつのまにか周囲がどんよりと暗くなり始めていた。
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