白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
189 / 209
第十六章 恐慌

2 飛翔体

しおりを挟む

 いかにも嫌そうな声で最高位神官サクライエから魔石通信が入ったとき、すでにインテス様とシディたちは巨大な《黒き皿》に対抗すべく魔導士隊と武装した軍隊を編成し終わっていた。
 異変の報せを聞いてすぐ、インテス様は手下の者へ下知をし、魔塔にも援軍を要請したのである。セネクス翁はマルガリテ女史以下、配下の優秀な魔導士たちを多数つれて、《跳躍》魔法によりすぐに帝都に現れた。
 あの隠れ家では手狭にすぎるため、今回は拠点を離宮としている。こちらの方が皇宮のある場所よりは神殿に近く、つまり《皿》のある地点にも近いからだ。
 それぞれ戦時の装束に身を包み、シディの周りにはいつものようにティガリエとラシェルタ、そしてレオが立っている。その脇にちょこんと小柄なセネクス翁が魔導士の長衣を着て立っていた。その後ろに、大柄なワニ顔のマルガリテ女史。

《ともかく。有能な我が神官らの力をもってしても、弱き民らを守りきることかなわぬようで──》

 サクライエが自分の矜持は守りつつも借りを作らないよう、うまく援助を申し出ようとあれこれもぐもぐ言っているのを、シディはイライラしながら聞いていた。インテス様の美しい眉間にも、さすがにたて皺が刻まれてしまっている。
 それでもまだうだうだと続くサクライエの弁を、殿下は遂に「猊下」と遮った。

「ご心配は無用。この件であなた様に貸しを作ったなどと申す気は毛頭ない。我らは単に《救国の半身》としての務めを果たすまでだ。そうだな? シディ」
「もちろんです」
 まだ人型のままではあるが、シディはしっかりとインテス様の隣でうなずいた。
《それは素晴らしき志よの》
「ことさらにお褒めいただくいわれもありませぬ。……ただ、此度こたびは魔塔の面々の助力を得ることはお許しいただきたい。猊下がそちらにお作りになる借りについては私は関知いたしませぬ」
《うむっ? いや、それは──》
「この方々の助力なしに、此度の儀がどうにかなるとは思えませぬ」
 こまる、と渋い声で言いそうにするのを圧するように、またインテス様が遮った。
「此度は今までにない規模の《皿》が出現している。成長速度も今までになく早いとの報告を受けております。もうあまり時間がない。こうしている時間も惜しいのです」
《ぬっ。し、しかし》
「もう一刻の猶予もない。すぐに出立いたします。でなければお守りになりたい民はおろか、神殿そのものの存続すら危なくなりますぞ」
《うぬう……。わ、わかった》

 通信はそれで切れた。
 レオがこめかみのあたりをひくつかせて恐ろしい眼光で魔石を睨みつけている。他の者たちの表情も似たり寄ったりだった。

「ともあれ。これで文句は言わせぬ。参ろう」
「よっしゃ。そんじゃ行くぜ、野郎ども!」
「おおおおおおお!」
 
 背後から聞こえるのは、レオの配下である一個師団のときの声だ。とはいえ今回は魔導士たちの力によって《皿》を封殺することが第一目標なので、魔力を持たない兵士たちはずっと背後のほうで後方支援をしてくれる計画になっている。

「では、我らもそろそろ行くとしようかの。皆のもの、飛翔体を作れ」
「はっ」

 守護魔法を使って周囲に魔力の壁をつくり、その上で《飛翔》を使って《皿》に近づく。中心に変身したシディの背にまたがったインテス様。周囲を魔導士たちが固めて飛ぶことになっていた。
 シディたち以外にも、あと六つの魔力による飛翔体を構成する。それらで《皿》の周りを囲むようにし、全体を守護魔法で固めた上でシディたちによる封印を試みるのだ。
 シディはギリギリまで変身はしないことになっていた。あまり大きな体だと、それだけ《飛翔体》を構成するのにも守護魔法をかけるにも余計な魔力が必要だからだ。

 そうしているうちにも、帝都にあったありとあらゆるもの、草や葉っぱ、土やゴミなどがどんどん《皿》の方に向かって飛んでいくのが見える。朝はきれいに晴れていたのに、いつのまにか周囲がどんよりと暗くなり始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...