186 / 209
第十五章
6 インテス様の夢(4)
しおりを挟む「シディ。私にはもうひとつ夢があってね」
インテス様がこう言いだしたのは、熱い夜が明けた朝もだいぶ遅い時間だった。昨夜のあれこれのために、シディがすっかり寝坊してしまったのだ。
インテス様はシディを無理に起こすことはせず、仕事を寝室に持ちこんで、眠っているシディの隣で書類に目を通しておられた。
優しい片手がときどき、さわさわと自分の髪を撫でているのにはなんとなく気づいていたが、こんなにも寝坊しているとはつゆ思わなくて、シディは焦った。
「すっ、すすすみませんっ……!」
「なにを謝る必要がある? 無理をさせたのは私じゃないか」
そう言ってインテス様は隠れ家に連れてきている侍従を呼び、薬草の湿布を持ってこさせた。シディの腰が痛まないように、それを手ずから貼ってくださったうえ、用意させた食事もさせた。
冒頭の「お願い」が出てきたのは、ひと通りのことが済んでひと息つき、やっとふたりきりになったときだった。
「夢……ですか? なんでしょう」
「うーん。その、な……」
珍しくインテス様が言い澱んでいらっしゃる。口もとに手をあてて、少し恥ずかしそうなお顔だ。
なんて珍しい! というか、こんなお顔を見ること自体、初めてかもしれない。
「あのっ。なんでもおっしゃってください。お、オレにできることだったら、なんだってしますから!」
思わず勢いこんで言ってしまった。
インテス様のお顔がパッと輝く。
「本当かい?」
「はいっ。もちろんです!」
インテス様のためだったらなんだってする。
もちろん、このかたがシディの心底嫌がることなんて所望しないだろうことは知っているし、信じているからこそだけれど。
「で、では……」
インテス様がこほん、とひとつ咳払いをした。
「……その。私はもともと、動物全般がけっこう好きな方でね。特に毛皮のあるものは」
「あ、はい」
「とはいえ、あまり飼わせてはもらえなかった。母の事情もあって」
「はい……」
身分の低かったお母さまは、ほかの妃たちに気兼ねしてあまり裕福な暮らしを望まなかったと聞いている。動物のこともそうだったのだろう。お母さまは息子のためとはいえ、皇族のための予算からこれ以上余計な経費をかけるのをためらったのかもしれない。
「でも一度だけ、私が子犬を拾ってね。それでこっそりと飼わせてもらえたことがあって。……残念ながらすぐに死んでしまったけれど」
「…………」
なんだろう。
話がずいぶん遠回りしているような気がする。
なんとなくこの方らしくないな、と思いながらもシディは黙って聞いていた。
「だからその……。も、もふもふが」
「……もふもふ?」
(んん?)
悲しい話かと思ったら突然出てきたまったくそぐわない語彙。
ますます恥ずかしそうになるインテス様のお顔。
「もっ……もふもふが! 好きなんだよ! わたしは!!」
インテス様、そんな大声で。
しかも片手で顔を隠してしまってらっしゃるし。
「あ……あの、インテス様……??」
指の間から、戸惑いまくりのシディが固まってしまっているのを見て、インテス様は慌てたようだった。
「あ、いや! 無理にとは言わないんだ。言わないんだがっ……」
「……あの。それで、オレは何をしたらよいのでしょうか?」
「ええと。だからね。もちろん今のままのシディも素晴らしいのだけれど。しっぽとかお耳とか、特にね」
「はい」
「でもそのう……もし、よかったら」
「はい」
ああ、もどかしい!
本当にお話しが遠回りだぞ、今日のインテス様は。
シディの目の中にその意図を読みとったのか、インテス様はついにぎゅっと目をつぶって叫んだ。
「だからっ! あの大きな狼にっ……あれになったシディにっ!」
「え?」
「つまりっ。あのシディの素晴らしいもふもふにっ。すっぽり包まれてみたいのだーっっ!」
「……あ。あああ~」
なるほど納得。
と同時に激しく押し寄せてきたものをシディは堪えきることができなかった。
「ぷっ……あは、あっははははは!」
なんて不敬な。
皇族の皇子殿下のことで、そのかたの目の前でバカ笑いするなんて!
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる