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第十五章
1 追放
しおりを挟む十日ほどして、もと皇太子の処分が決定した。
皇帝を弑逆しようとした罪は非常に重く、まず皇太子としては廃嫡。さらに後続としての身分も剥奪されることになった。
本来であれば平民に落として追放か極刑のところ、母親である皇后による助命嘆願が聞き届けられたという。平たく言えば皇后手持ちの領地やうまみのある事業等々のいくばくかを皇帝に献上したのだろうと言われていた。
こうしてどうにかこうにか貴族としての身分は守られ、アーシノスは帝国の北方、辺境の地に送られることになったという。そこでも決して悠々自適ということではなく、なかば監禁され、そこで死ぬまで厳しい監視下に置かれるとのことだ。
もちろん、愛妾などを置くことも許されない。貴族としての体面が守れるだけの最低限の予算をあてがわれるだけなので、華美な衣服や住居、贅沢な食事、また多数の使用人を抱えるなどは不可能になる。そういう生活に甘んじることそのものが罰だとも言えるだろうか。
彼にも一応皇太子妃はいたのだが、幸いにしてと言うべきなのか二人の間に子はなく、妃は離縁されて実家である貴族の邸へ戻された。彼女は特に罪に問われることはなかった。皇太子妃がこの件に加担した証拠はいっさいないことが証明されたからである。ここでも、インテス様とセネクス様が提出した魔力の玉による証拠が役立ったらしい。
それらのことは納得だったのだが、たったひとつだけ、シディにはずっと気になっていることがあった。
「あのう……インテス様」
「なんだい」
皇太子の詳しい処分の内容が報告されたのは、隠れ家のインテス様の執務室だった。例によってレオとティガリエ、ラシェルタは同席している。
「アーシノスでん……いえ、アーシノスのそばにいた子たちは、これからどうなるんでしょうか」
「ああ。シディはやっぱり、それが気になるよな。大丈夫だ。心配しなくていいぞ」
アーシノスのもとでさんざん夜の奉仕をさせられていた女性や子どもたちのことは、シディにとって個人的にとても他人事とは思えなかった。だからずっとずっと、気になっていたのだ。
かれらはそれぞれ、行き場がある者はそこに戻され、ない者はインテス様が世話をしてくださることになったらしい。
直接雇うというのではなく、まずは読み書きや計算や武術、礼儀作法などを学ぶことを優先させるとのことだ。これから自分でまともな職で働いていくためにはどうしても必要な技能ばかりである。インテス様はかれらにこうしたことを学ぶ場を提供し、それぞれの能力に応じて今後は就職先も斡旋するのだという。
(やった……! すごい!)
さすがはインテス様だ。なんてすばらしいのだろう。
シディのしっぽは興奮のあまり、自分の意に反してまたぱったぱったと激しく振られてしまった。
「ありがとうございます、インテス様!」
「いやいや。そなたに礼を言われることではないさ」
「いえっ。それでもお礼が言いたいんです。本当にありがとうございます……!」
「ふふ。そうか」
インテス様が嬉しそうに笑みくずれ、シディの頭をぐりぐり撫でてくださった。そのまま髪や耳も優しく触れてくださる。
ネコ族でもないのに、なんだか喉をごろごろ言わせたくなってしまう。気が付いたらいつのまにか、隣にいるインテス様にちょっと体を預けた格好になっていた。
「ついてはシディ。そなたにはこの件で、ひとつお願いがあるんだが。いいかな?」
「えっ。な、なんでしょう」
思わずびっくりして固まった。いったい何を言われるのだろう。慌てて背筋をのばして威儀を正した。
「そんなに緊張することはない。かれらを、そなたと同じ師につけ、一緒に勉強させてやりたいんだ。それでときどき、かれらの勉強の手助けをしてやってほしい。そなたはかれらからは一日の長があるだろう? つまり先輩だ」
「せっ……せんぱい? ですか??」
「そうだ。そなたの勉強の邪魔にならない範囲で構わぬから、かれらの理解を助けてやってくれまいか」
「え、ええっ……?」
自分なんかが? だれかの勉強の先輩だって?
信じられない!
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