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第十四章 審議
17 閉廷
しおりを挟む「おのれええっ! 貴様ら、この余を陥れようと言うのかッ!」
とたん、皇太子が騒ぎだした。
大声をあげ、ありとあらゆる悪罵を吐き飛ばして、場にいる者を貶める。もちろんその攻撃の矛先は、まずだれよりもインテス様に向かっていた。
「貴様のような穢れた血の皇子ごときが、余を陥れられると思うてか! こんな裁定は無効だ! 無効に決まっておるうっ」
それまで壁際で沈黙して待機していた武官が、ガマガエル審議官の顎の上下に応じて飛んできた。皇太子の両側から腕をいましめ、暴れる身体をおさえつける。
「くっ……貴様ら! なんと不敬なまねをするっ! 余の体から即刻手を放せ! さもなくば──」
「どうかお静まりください、皇太子殿下。これより審議官の裁定を下しまする」
ガマガエル審議官はもはやこの騒ぎを意に介する様子はなかった。しばらく両側の審議官と言葉を交わし、あらためて前を向く。
「審議官三名の判断は『有罪』にて一致いたしました」
「うぬっ……おのれえっ!」
「みなさまの票を加味しても、この裁定が覆らないことは明白にございます。罪状は皇帝陛下暗殺の企図。弑逆未遂とあいなります」
「む、むぐうっ……」
「帝国法に照らし、皇太子殿下のご身分と、未遂であるゆえに極刑は免れまする。しかしながらご身分の剥奪と追放、これは覆りませぬ」
「ま、まてっ。そんなはずはない!」
皇太子派もはや、ほとんど泡を吹かんばかりの口を必死で動かしまくっている。
「これは陰謀だ。そこなインテグリータスめの、いかにも穢れた陰謀なのだあっ!」
《黙れ、見苦しい》
吐き捨てるように言ったのは皇帝だった。まだ体調はよくないらしく、先ほどよりも顔色が悪くなっている。健康な者でも胸が悪くなるような場面なのだ、無理もない。
土気色の顔じゅうに憎しみと嫌悪の色をぬりこめて我が子を睨むその姿は、寝台に居座る悪鬼のようにも見えた。
《警備兵。早うそやつを連れて行け》
「はっ」
「なっ……なにをする! 待て! ち、父上っ……皇帝陛下! これはまちがいにございます。そこなインテグリータスめの薄汚い陰謀なのですっ……!」
さらに聞くに堪えない悪口雑言を吐き散らす男は、やがて引きずられるようにして扉の外に消えた。それでもしばらく騒ぎ立てる金切り声が響いていたが、それもついに途切れ、ようやく静寂が戻ってきた。
「これにて裁定は決しました。皇太子殿下……いえ、アーシノス様に対する今後の刑罰の具体的な段階等については、陛下のご意見もうかがったうえであらためて決定されます」
「それではこれにて閉廷いたします」
どん、と閉廷を告げる槌の音が部屋に響きわたった。
◆
「ふう……」
皇宮を出たとたん、思わず溜め息がでた。どっと疲れが襲ってきたのは、それだけあの場で緊張していたからだろう。
「大丈夫かい、シディ。疲れただろう。早く隠れ家に戻ろうな」
「は、はい……」
「いや~しっかし、俺らまったく出番がなかったな。もっとこう、襲い掛かられてギッタンバッタンに相手をのすとことか想像してたのによー」
軽やかに会話に入って来たのはレオだ。
「こうヒマだと、なんか体が鈍っちまうわ。なあ? トラのおっさんよ」
「……せめて名前でお呼びください」
いつもの調子で「がははは」などと笑いながら肩に腕を回してくるレオに、ティガリエは憮然と答えた。とはいえ前のようにその手をよける風ではない。
どうやらこのふたりもかなり打ち解けてきたようだ。
そんなふたりを見ていると、なぜかシディまでちょっと嬉しい気持ちになってしまうのが不思議だった。
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