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第十四章 審議
16 採決
しおりを挟む「だっ……だまれ! だまれだまれだまれえええッ!」
《黙るのはそなたのほうだ、アーシノス》
突然、映像から声がした。
みんながぎょっとなってそちらを見ると、映像の中の皇帝が冷ややかな憎しみのこもった目でおのが長子をじっと見つめていた。
心底寒気のするような、酷薄な視線だった。
《もう結論は出たではないか。お前は余が与えた皇太子の座にふんぞり返り、権能をふりかざした。そればかりではない。なんと余を弑逆せんと画策までしたのだ。これが大罪でなくてなんであろうか》
時おり咳きこみつつも、皇帝はじっとりと湿度のある視線で息子を射抜いたままだ。皇太子は凍りついたかのように動かなくなり、しばらくは口をぱくぱくさせるばかりだった。ようやく言えたのも「ち、父上……私は」ぐらいのものだ。
《やかましい。貴様の顔など見たくもない。声を聞くことすらおぞましいわ。さあ審議官どもよ、早う採決を下すがよい》
「は、はは」
ガマガエル審議官は気圧されたように声を詰まらせ、一度手もとの水を飲んだ。と、インテス様がサッと片手をあげた。
「お待ちください」
「なんでしょうか、インテグリータス殿下」
「皇帝陛下のご意見が許されたのですから、ここはぜひ最高位神官サクライエ猊下のご意見も伺いたいのですが。いかがでしょう」
「おお、なるほど」
貴族たちが納得したようにうなずきあう。
が、シディは見た。インテス様に自分の名を挙げられた瞬間、映像の中のサクライエの片眉がぴくりと動いたのを。
「いかがにございましょうや、サクライエ猊下」
《わたくしには、取り立てて申し述べることなどはございませぬが》
低いしわぶきとともに歯の間から押し出すようにしてサクライエが言った。「苦々しい声」とはちょうどこんなものかとシディは思った。
《神殿と皇太子殿下に何らかのつながりがあったかのような証言には賛同いたしかねまする。我がスピリタス神殿には、一抹の後ろ暗い点もありませぬゆえの》
いかにも木で鼻をくくったような「意見」だった。だがこの場にいるうちどれほどの者がその言を信じるものだろうか。
「……左様にございますか」
ガマガエル審議官は無表情を貫き、淡々と応じただけだった。そうしてあらためて皆のほうを向く。
「では、まずここに集まっておられる十八名の皆様による裁定を確認いたします。皇太子アーシノス殿下が有罪を思われるかたは、お手元の羊皮紙に丸をお書きになり、こちらの箱へ投函ください。無罪ならばバツを。また棄権なさる場合は何も書かずにお願いいたします」
「なお、公平を期するため、被告アーシノス殿下、ならびに原告インテグリータス殿下およびオブシディアン様は投票をお控えください」
鶏の審議官からの注意に対し、皇太子は憎しみのこもった視線で、そしてインテス様は静かな一礼で応じた。シディもそれに倣ってぺこりと頭を下げた。
審議官の脇に置かれた小さな木箱には上部に細い穴があけられている。貴族たちは順に立ち上がり、そこへひとりずつ折りたたんだ羊皮紙を入れていった。
十八枚の羊皮紙がつつがなく集まると、すぐに開票が始まった。
ヤギ審議官が丁寧な手つきで一枚ずつ取り出して読み上げ、皆にも見えるように表を向けて高く持ち上げる。
「一枚目、有罪」
「二枚目、有罪」
「三枚目、無罪」──
「有罪」の声が聞こえるたびに皇太子のこめかみがピクピク痙攣しているのが見えた。対するインテス様は泰然としてご様子を崩さない。
やがてすべての票が読み上げられた。
鶏審議官が甲高い声で宣言する。
「結果を発表いたします。有罪、十二。無罪、三。棄権、三となりました」
「おのれええっ! 貴様ら、この余を陥れようと言うのかッ!」
とたん、皇太子が騒ぎだした。
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