白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十四章 審議

14 傍聴者

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 ざわめきがややおさまったところで、インテス様が静かに口を開いた。

「さて。運んだ者らの証人はここまでですが、ここでもう一人いちにん、こちらに呼びたい者がおります」
「ほう。それはどのような者にございましょうか」ガマガエル審議官が問うた。
「スピリタス教の高位神官、ストルティと申す者です」
「なんと。スピリタス教?」
「神殿の者か」

 場はいっそうざわめいた。
 インテス様は、彼女がなぜ自分たちの手にあるのかをひと通り説明した。貴族たちの驚きはさらに深まっていく。

「まさか……殿下は神殿と通じていたと?」
「もしや薬草も神殿の協力によるものか?」
「いや、まさかそんな──」
「静粛に。ではその証人をどうぞお呼びください」
「承知した」

 審議官の求めにセネクス翁がうなずく。老人がひょいと軽く手をふると、これまでと同様、魔法陣の上にひょろりと背の高い鳥の女が現れた。ダチョウの形質をもつ女、ストルティだ。
 女はほかの容疑者のように服装を変えられることはなく、見慣れた白い神官服に身を包んでいた。もみあわせている痩せた手が小刻みに震えているのが、シディのところからでもはっきりわかった。顔色は非常によくない。ずっと食事も喉を通らなかったのであろう。
 彼女はまさにその存在で、皇太子と神殿とのつながりを証明してしまっている。あんな場所であんな風に捕らえられたのだから、言い逃れができるわけがない。それは本人が一番理解しているのだろう。
 だからなのか、女はひたすら震えているだけで、審議官からなにを問われても沈黙を貫いた。

 本人からの証言が得られないため、しまいにここではストルティの身分の証明だけが行われることになった。これは簡単なことだった。インテス様はじめ、彼女が高位の三神官のひとりであることを知っている貴族は多かったからである。
 審議が進んでいく間ずっと、皇太子はさらに強い殺気をこめてこのダチョウの女を睨みつけているだけだった。
 審議官たちの心証は最悪もいいところだろう。もはや結果は見えたも同然だった。状況から考えて、一介の侍従ふぜいがスピリタス教の高位神官と通じているというのは考えにくい。絶対にないとは言えないことだが、いかにも疑わしい。
 逆に皇太子とサクライエには利害が一致する部分が大いにある。

(……そう。インテス様だ)

 ふたりはそれぞれにインテス様の存在を疎ましく思っているはず。
 皇太子は自分が継ぐべき皇座を背後から脅かす者として。サクライエはおのが信奉するスピリタス教の根幹を揺るがす白と黒の神を奉ずる《救国の半身》として。
 互いにインテス様の権威と権力をぎ、集まる民心を少しでもぎとりたいという思惑があることはまちがいないのだ。

 かれらが秘密裏に手を取りあうことは想像に難くない。歴史的に皇室と神殿との長い確執があったとはいえ、いかにも自然な流れに思われた。
 もちろんこれらも審議官たちの心証に大いに影響する。
 列席する大貴族たちにしてもそうだ。自分の家門を守るためには、これからだれの側につくべきなのか。だれの味方をし、だれの庇護を得るべきか──。濃淡の差はあれど、みな同じように思いあぐねる顔になっている。

 皇太子はそれでもどうにか平静を装っていた。だが血の気のひいた額には脂汗がにじんでいる。殺気のこもった眼光は常にインテス様やセネクス翁や証人たちに向けられており、今にも相手を焼き尽くしそうだった。それはほとんど物理的に突き刺さってくるほどの視線で、ときどきインテス様の隣にいるシディにも向けられてくる。そのたびに、気のせいとは思いながらもシディの皮膚はひりひりと痛んだ。
 皇太子の目ははっきりと言っていた。「貴様さえ現れなければ……!」と。

 昔のシディだったら、あの目を見ただけで震えあがって気絶していたかもしれない。しかし、今は不思議と平気だった。少し気味が悪いと思う程度だ。
 もしもいま剣を持って飛びかかられたとしても、もう今の自分に恐れることはない。あれからまた修練をくりかえし、いつでも黒狼の姿に変身できるようになっているうえ、攻撃を素早くかわす体術も身につけさせてもらっているからだ。

 しばらくは、状況を克明に記録しているにわとりの審議官の羽根ペンの音だけがさらさらと聞こえていた。
 空気は重く、息苦しいほどだ。音が外に漏れでないように魔法による《無音の壁》が作られているとはいえ、空気はちゃんとかよっているはずなのに。この息苦しさはなんだろう。
 と、ガマガエル審議官が控えめにしわぶきをした。

「さて。それではここで、皆さまにご紹介したい方々がおられます」
「ん?」
「なんだ……?」

 大貴族たちがざわつく。そっと隣を見ると、インテス様とセネクス翁はごく平静な顔だった。シディはほっとして前を向いた。

「実はこれまで、この場のことを離れた場所から魔力の玉を通じて特別に傍聴されていたお二方ふたかたがおられました」
「なんと……?」

 ざわりとした場が、先の説明を待ってすぐに静かになる。
 ガマガエル審議官は厳かな声で言い渡した。

「ご紹介いたしましょう。皇帝陛下並びに、最高位神官サクライエ猊下でいらっしゃいます」
「な、なんだと……!?」

 響きわたったのはかすれた皇太子の叫びだった。
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