白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
174 / 209
第十四章 審議

12 小姓ヘス ※

しおりを挟む

 この場はそういう場ではないため、「小姓」ヘスが皇太子の寝所づきとして日々なんの仕事をしていたか、ということはわざわざ問われることはなかった。だとしても、場にいるほとんどの者は彼が夜ごと皇太子の寝所でなにをさせられていたかを承知していたことだろう。
 白い犬の少年は証言の場に立っている間じゅうずっと、背中を丸めて下を向き、ぶるぶる震えていた。それでも「絶対に証言するぞ」という気概が見えるのは、彼は彼なりに大いに皇太子に対して思うところがあるからだろうと思われた。

「では、小姓ヘスどの。そなたがとある夜に聞いたことというのを、ここで詳しく述べてもらえますかな」
「はい」
 ガマガエル審議官の重々しい声で、ヘスはそっと顎をあげた。

 その夜も、皇太子は例によって多くの「小姓」をはじめとする夜伽よとぎのための少年少女を閨にあげていた。ヘスもその一人であり、性欲にまみれた乱痴気騒ぎに呑み込まれていた。
 皇太子の性癖は、ひどいと言われた皇帝をも凌駕することがある。単純に性的な奉仕をさせるばかりではなく、ひどく鞭打ったり縄で締め上げたり、わざと首を絞めて苦しみながら性交する様を見て大いに楽しんだり。つまりはそういった夜のお遊びだ。遊びと言うには度を越したものばかりだったようだけれども。
 ひととおりの騒ぎが終わると、傷ついたり、ひどい場合には死んだりした者が従者らに引きずられていく。指や耳やしっぽなどを斬り落とされる子どもなんていくらでもいた。
 子どもたちが望むのは、なるべくならば皇太子の閨に呼ばれないこと。運悪く呼ばれてしまったならば、なるべく今夜を生きのびていられること、それだけだ。

 その夜も、ヘスはその騒ぎに巻き込まれ、すっかり夜も更けたころには、精液まみれの汚れた体を部屋の隅の物陰に転がしていた。小柄な少年なので、そこにいることにしばらく気づかれなかったらしい。
 ヘスもほかの子どもと同様、好き放題に嬲られ、尻にも口にも何度も男のモノを突きこまれて喘ぎまくった夜だった。すっかり疲れ果てていて、指一本動かせなくなっていた。
 侍女たちが音もなく入ってきて、があがあと大きないびきをかいて眠っている皇太子の体を清め、寝具をきれいに整えて下がっていく。その間も、ヘス少年はぼんやりと暗闇にころがってぼんやりしていた。時々眠っていたかもしれない。
 早く動かなくては。だが少しでも早くこの場から去らなければどんな罰が待っているかもわからないのに、その時はどうしても動くことができなかったのだ。尻に男のモノばかりでなく、大きな棒みたいなものまで突っ込まれてめちゃくちゃにされたのがひどく響いていた。

 その皇太子の寝所に、あのヴルペスがやってきたのは夜明けまでもう少しという頃合いだったかもしれない。
 ヴルペスは遠慮がちに、何度か皇太子に低い声をかけた。皇太子はなかなか目を覚まさなかったけれど、ようやくうっすらと覚醒したらしい。小さな灯火の明かりしかなかったので、はっきりとは見えなかったけれども。

「殿下。お休みのところ申し訳もござりませぬ」
「んん……よい。首尾は」
「上々にござりまする。例のものはまちがいなく陛下のご寝所に──」

「例のもの」というのは、その時はなんのことだかよくわからなかった。ただ「陛下のご寝所」というのははっきり聞いた。犬の聴覚は非常に鋭いのだ。聞き間違えるなんてことはあり得ない。
 しかもその時のヴルペスの様子から、これが決して表沙汰にしてはならない密談だというのは少年にもはっきりわかった。

 幸いにしてと言うべきなのか、少年はどうにかこうにかその寝所から逃れ、さらにそこから数年をどうにか生き延びた。同僚だった夜の小姓たちはどんどん死んだり、使い物にならないほど体を破壊されてされていった。
 あまりにもすぐに死んだり去っていったりするため、お互いに仲良くしようという気風のない職場だったけれど、その中でたった一人、ヘスと気心の知れあった少年がいた。
 だがその少年も、遂にある日、とてもつまらないことで皇太子に殺されたのだ。
 単純にその夜、皇太子の機嫌が悪かっただけだった。皇太子はその少年を後ろから好きに犯していながら、いきなりそのしっぽを掴みあげ、そばにあった短剣でぶつりと斬り落とした。
 少年は当然、痛みにのたうって絶叫した。それでも皇太子は少年を犯すことをやめなかった。それどころか周りの少年少女に命じて、少年の四肢を抑えさせた。
 そうしてアーシノスは少しずつ少年の皮を剥ぎ、皮膚を裂き、手首や足首を落としながら彼を犯して最後には殺した。
 ヘスの耳には親友の断末魔がこびりついたままだ。鼻の奥にはまだ、寝所に飛び散った友達の血痕の臭いがへばりついている。

(……そうか)

 シディは理解した。
 どんなに恐ろしくても、これで自分の命が危うくなるのだとしても。ヘス少年は皇太子を許そうとは思わなかったのに違いない。だから命がけでこの証言台に立ってくれた。彼を見つけ、説得したのはきっとインテス様だろうけれど、なにより大事なのは本人の決意のはずだから。
 ひどい吐き気と頭痛はずっと続いている。しかし、シディはじっとこらえた。ヘス少年の証言をひとつも聞き漏らすまいと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

処理中です...