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第十四章 審議
12 小姓ヘス ※
しおりを挟むこの場はそういう場ではないため、「小姓」ヘスが皇太子の寝所づきとして日々なんの仕事をしていたか、ということはわざわざ問われることはなかった。だとしても、場にいるほとんどの者は彼が夜ごと皇太子の寝所でなにをさせられていたかを承知していたことだろう。
白い犬の少年は証言の場に立っている間じゅうずっと、背中を丸めて下を向き、ぶるぶる震えていた。それでも「絶対に証言するぞ」という気概が見えるのは、彼は彼なりに大いに皇太子に対して思うところがあるからだろうと思われた。
「では、小姓ヘスどの。そなたがとある夜に聞いたことというのを、ここで詳しく述べてもらえますかな」
「はい」
ガマガエル審議官の重々しい声で、ヘスはそっと顎をあげた。
その夜も、皇太子は例によって多くの「小姓」をはじめとする夜伽のための少年少女を閨にあげていた。ヘスもその一人であり、性欲にまみれた乱痴気騒ぎに呑み込まれていた。
皇太子の性癖は、ひどいと言われた皇帝をも凌駕することがある。単純に性的な奉仕をさせるばかりではなく、ひどく鞭打ったり縄で締め上げたり、わざと首を絞めて苦しみながら性交する様を見て大いに楽しんだり。つまりはそういった夜のお遊びだ。遊びと言うには度を越したものばかりだったようだけれども。
ひととおりの騒ぎが終わると、傷ついたり、ひどい場合には死んだりした者が従者らに引きずられていく。指や耳やしっぽなどを斬り落とされる子どもなんていくらでもいた。
子どもたちが望むのは、なるべくならば皇太子の閨に呼ばれないこと。運悪く呼ばれてしまったならば、なるべく今夜を生きのびていられること、それだけだ。
その夜も、ヘスはその騒ぎに巻き込まれ、すっかり夜も更けたころには、精液まみれの汚れた体を部屋の隅の物陰に転がしていた。小柄な少年なので、そこにいることにしばらく気づかれなかったらしい。
ヘスもほかの子どもと同様、好き放題に嬲られ、尻にも口にも何度も男のモノを突きこまれて喘ぎまくった夜だった。すっかり疲れ果てていて、指一本動かせなくなっていた。
侍女たちが音もなく入ってきて、があがあと大きないびきをかいて眠っている皇太子の体を清め、寝具をきれいに整えて下がっていく。その間も、ヘス少年はぼんやりと暗闇にころがってぼんやりしていた。時々眠っていたかもしれない。
早く動かなくては。だが少しでも早くこの場から去らなければどんな罰が待っているかもわからないのに、その時はどうしても動くことができなかったのだ。尻に男のモノばかりでなく、大きな棒みたいなものまで突っ込まれてめちゃくちゃにされたのがひどく響いていた。
その皇太子の寝所に、あのヴルペスがやってきたのは夜明けまでもう少しという頃合いだったかもしれない。
ヴルペスは遠慮がちに、何度か皇太子に低い声をかけた。皇太子はなかなか目を覚まさなかったけれど、ようやくうっすらと覚醒したらしい。小さな灯火の明かりしかなかったので、はっきりとは見えなかったけれども。
「殿下。お休みのところ申し訳もござりませぬ」
「んん……よい。首尾は」
「上々にござりまする。例のものはまちがいなく陛下のご寝所に──」
「例のもの」というのは、その時はなんのことだかよくわからなかった。ただ「陛下のご寝所」というのははっきり聞いた。犬の聴覚は非常に鋭いのだ。聞き間違えるなんてことはあり得ない。
しかもその時のヴルペスの様子から、これが決して表沙汰にしてはならない密談だというのは少年にもはっきりわかった。
幸いにしてと言うべきなのか、少年はどうにかこうにかその寝所から逃れ、さらにそこから数年をどうにか生き延びた。同僚だった夜の小姓たちはどんどん死んだり、使い物にならないほど体を破壊されて解雇されていった。
あまりにもすぐに死んだり去っていったりするため、お互いに仲良くしようという気風のない職場だったけれど、その中でたった一人、ヘスと気心の知れあった少年がいた。
だがその少年も、遂にある日、とてもつまらないことで皇太子に殺されたのだ。
単純にその夜、皇太子の機嫌が悪かっただけだった。皇太子はその少年を後ろから好きに犯していながら、いきなりそのしっぽを掴みあげ、そばにあった短剣でぶつりと斬り落とした。
少年は当然、痛みにのたうって絶叫した。それでも皇太子は少年を犯すことをやめなかった。それどころか周りの少年少女に命じて、少年の四肢を抑えさせた。
そうしてアーシノスは少しずつ少年の皮を剥ぎ、皮膚を裂き、手首や足首を落としながら彼を犯して最後には殺した。
ヘスの耳には親友の断末魔がこびりついたままだ。鼻の奥にはまだ、寝所に飛び散った友達の血痕の臭いがへばりついている。
(……そうか)
シディは理解した。
どんなに恐ろしくても、これで自分の命が危うくなるのだとしても。ヘス少年は皇太子を許そうとは思わなかったのに違いない。だから命がけでこの証言台に立ってくれた。彼を見つけ、説得したのはきっとインテス様だろうけれど、なにより大事なのは本人の決意のはずだから。
ひどい吐き気と頭痛はずっと続いている。しかし、シディはじっとこらえた。ヘス少年の証言をひとつも聞き漏らすまいと。
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