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第十四章 審議
9 言い逃れ
しおりを挟む「な、なんなのだ……? これは。なにが言いたいのだッ、貴様!」
男がそう叫んだのは、最終的にその薬が皇太子の側近であるキツネの男、ヴルペスまでやってきたときだった。
顔を赤くした皇太子に、鶏の顔をした審議官が静かな声で質問した。
「このキツネの男にございますが、皇太子殿下はこれが何者であるかをご存知にございましょうや」
「う、……うむぅ」
アーシノスがハッとして口をつぐんだ。あからさまに目を白黒させている。ここで思わず激昂してしまったのは悪手と言わざるを得ない。いわば皇太子はこの反応をしてしまったゆえに「そんな者は知らぬ」と言い逃れをする絶好の機会を失ったも同然だった。
鶏の審議官は皇太子の顔色を一瞥すると手元の資料に目を落とした。
ちなみにこれらの資料は人数分の写しが作られており、補佐の文官らによって場の貴族たちにいちいちその場で配布されている。
「この者は皇太子殿下の側近の侍従、ヴルペスという者。出身地や経歴は資料のとおりにございます。それでお間違いはないでしょうか、殿下」
「むむっ……」
皇太子はしかたなく、しぶしぶ首を縦にふった。
「ごらんのとおり、薬物はこの者からはじまって様々な者の手を経由し、最終的に皇帝陛下の寝所に至って陛下に使われておりまする。実際の薬物についてもすでに入手されており、審議官づきの医務官らによって精査が終わっております」
皇太子は沈黙したままだったが、あらためてまた新たな資料が配布され、今度はヤギの審議官が話を引き継いだ。
「薬の検査結果についての資料はそちらです。ご覧のとおり、長く服用することで意識の混濁や体の痺れ等々をひきおこす作用のあるものにございます」
「むむ……これは」
「まさか、斯様なものをどこから──」
貴族たちがそれぞれざわざわと低い呟きを流し始める。かれらの控えめな視線がちらちらと皇太子の横顔に送られている。アーシノスはそれらの視線をすべて黙殺したまましばらく奥歯を軋らせていたが、やがて太い鼻息を吹き出して椅子にふんぞりかえった。
「余の知ったことではないわ。そんなもの、ヴルペスが独断でしたことにすぎん」
「では殿下がご存知のことではないと?」
ガマガエル審議官が低い声で問う。
「当然であろう!」
皇太子は太ましい拳でがつんと机をぶっ叩いた。
「なにが面白くて実の息子が我が父に危害を加えるのだ? ヴルペスめがひとり逸って謀ったことにすぎぬわ。理由はあやつ自身に問えばよい。余は知らぬっ。いっさいあずかり知らぬ!」
「……左様にございますか」
「では、皇太子殿下の仰せの通りにいたしましょう。証人をここへ」
「むっ?」
皇太子が思わず椅子から腰を浮かした。ほかの貴族連中も同様だった。
審議官づきの文官がまた低く呪文を唱えると、場の中央の床の上に小さな魔法陣が現れたのだ。緑色に光る魔法陣はやがて光を強めたかと思うと、その上にキツネ顔の男を出現させた。
(転移魔法……!)
シディは息を飲んでその男の顔を見つめた。
キツネの男は中年から初老の間ぐらいの年齢に見えた。もとは皇太子側付きの侍従としてもっと豪奢な衣服を身につけていたのだろうが、今は特に模様もない木綿の長衣を着ているのみだ。
男は真っ青な顔のまま、震えながらそこにたたずみ、俯いている。
ヤギの審議官が厳かな声で言った。
「証人は自分の名前と所属を述べよ」
「ヴ、ヴルペスと申します。皇太子殿下づきの侍従にございます……」
消え入りそうな震える声だった。
皇太子はすさまじい目で男を睨みつけているというのに、当のヴルペスは決してそちらを見ようとしない。細くて小柄な体をますます縮めるようにして震えているばかりだ。
ひと通り「この場で虚偽を述べない」等々の宣誓の手続きが行われ、質問が始まった。
要点はふたつ。
『この薬の入手経路』
そして、
『皇帝陛下にこの薬を使うことはヴルペスだけの独断か、それとも命令者が存在するのか』
この二点だ。
場はしんと静まりかえった。
シディもまた固唾を飲んで、キツネ男の証言に全神経を集中した。
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