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第十四章 審議
8 証拠
しおりを挟む「ふん。なにを言い出すかと思えば」
期待通りというべきか、それを嘲るように遮ったのは皇太子だった。
「父上のご容態が思わしくないのは事実だが、それに疑義とはいったい何なのだ?」
「兄上。どうか最後までお聞きを」
静かに言ったのはインテス様だった。背中がぞくりとするようないやな視線で、アーシノスがじろりと弟を睨む。
「穢れた妾腹の分際で、正当な皇太子である余に命令するつもりか、貴様」
広間はしんと静まりかえった。無表情を貫くもの、青ざめてうつむくもの。ちらちらと周囲の貴族の顔色をうかがう様子なのもいる。さきほどの議会では船を漕いでいた老人まで、しっかり覚醒してきょろきょろと周囲の様子をうかがっている。
「そうではありませぬ。ただいまここは法的な場。審議官の弁を遮ることは、たとえ皇族といえども法のもとに禁じられておりますれば」
「……ふん」
アーシノスはさも面倒そうに鼻をならすと、審議官に対して小馬鹿にしたようにぺらぺらと手をふった。「つづけよ」という意であるらしい。
審議官は皇太子に頭を下げ、また気を取り直したように羊皮紙の巻きものに目を落とした。
「以下は、皇太子殿下からの疑義のあらましにございます。皇帝陛下のご容態に人為的な作為あり、と疑うものである。服用することで次第に全身が痺れ、やがて意識が混濁し、最終的には死に至る、そのような薬物または攻撃魔法を使われた疑いあり、と」
「ばかばかしい」
吐き捨てるように言ったのは、やはり皇太子だった。この男、いちいち口を出さねば済まない性格らしい。
昔ならただ恐怖にうち震えていただろうけれど、今のシディにはわかる。こうやってうるさく吠え散らかす犬ほど弱いものだ。本当の強者はどうしようもない危難の中にあってもどっしりと動じないもの。ましてや多くの人の上に立つ者ならば、そうでなくてはならないはずだ。
(やっぱり……この人が皇帝になるのはダメだ)
この男は「小物」だ。どうしようもなく。
シディでさえそう思う。ならば、この場にいる大貴族たちはもっとそうだろう。
ただ、「愚かな王」が上にいた方が操縦がしやすいとばかり、わざわざそういう者を王に戴くことをよしとする「臣下」も必ずいる。その下でうまく立ち回り、王を煽動して自分の思い通りに動かし暗躍するような者が。これは以前、シディに勉強を教えてくれたリスの文官、シュールス先生もおっしゃっていたことだった。それはそれで、より民が苦労することになるのだ、とも。
そう考えるうちにも、審議官の話はつづいている。
こうして見ていると、貴族たちがどういう立場でここにいるのかがはっきりわかるようになってきた。ここしばらくのインテス様の活動と説得により、すでにインテス様側に立つことを決めている者。どちらとも決めかねて日和見を決め込んでいる者。明らかにインテス様に対して敵意を抱きつつ、それを穏やかな顔の下に押し隠している者……。
「つまり、陛下のご容態の悪化は人為的なもの。犯罪が行われたという疑いがある、ということですかな」
審議官の最初の声明が終わると、貴族の一人がこう言った。場はうっすらとどよめく。互いの表情を探り合うような目線がちらちらと行きかった。
「それが誰の差し金のよるものか。それはわかっておるのか?」
「疑義を提示してくださったインテグリータス殿下は、そのようにおっしゃっています。今からその証拠をご提示して参ります。セネクス殿、お手伝いいただけまするか」
「是非もなきこと」
ヤギの審議官に求められ、イタチの老人がちょこちょこと前に出た。
審議官側の文官がとりだした魔力の玉が机に据えられ、その前に立つと、セネクス翁は軽くその上で手をふった。
と同時に、貴族連中から声があがった。
「おお」
「これは……」
「斯様に明瞭な映像が出るのは初めて見ますな」
それはシディも見せてもらったことのある、皇帝の寝室での出来事や、そこに出入りしている不審な人物、そこから宮の外へと次々につながっていく薬物の流れを示したものだった。
実はシディはその間、じっと皇太子の顔色を観察していた。映像が進むにつれて次第に青ざめ、次に赤味があがってきて、やがてぷるぷると醜い頬肉が震えはじめる様を。
「な、なんなのだ……? これは。なにが言いたいのだッ、貴様!」
男がそう叫んだのは、最終的にその薬が皇太子の側近であるキツネの男、ヴルペスまでやってきたときだった。
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