白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
169 / 209
第十四章 審議

7 審議官

しおりを挟む
 のろのろと進んだ議題は、結局なんこくも時を費やし、終わったころには日がかなり傾いていた。もちろんその間に休憩や食事もはさまっていたので、余計に時間がかかることになる。さすがのシディもいらだちを覚えずにはいられなかった。

「まあ、イライラしても始まらん。これでも食べて落ちつけ、シディ。なかなか美味いぞ」

 インテス様一行だけで独立した部屋をあてがわれ、食事休憩をとる間も、インテス様はわずかの苛立ちもお顔には出さず、むしろこんな風にシディのことを心配してくださるのだった。非常に申し訳ない気持ちになってしまう。自分ごときがこのかたに気を遣わせるなんてとんでもないことだ。というわけで、シディもどうにかこうにか苛立つ自分を抑えていた。

 食事の毒見については「自分が」「いや自分が」とティガリエとラシェルタが少し言い争う場面もあったが、最終的に「交代で」ということで落ちついている。
 口につっこまれた冷菓はとても甘くて、嘘みたいに舌の上で溶けていく。こんな贅沢なもの、王侯貴族でなければまず口にできない。この年中温暖な気候の土地では、冷たいものを冷たいままに保存しておくのもひと苦労なのだ。遠くの雪山から巨大な氷をきり出してくる必要があるからである。このたったひと口が、いったいどれほどの奴隷や市民たちの労働の賜物たまものであることか。

(うう……おいしい)

 確かに美味しい。恨めしくてたまらないがそれは事実だ。
 
 そうこうするうち、ついに待ちに待った議題へと話が進むときがやってきた。それはそろそろ陽も落ちて、夕刻の風がひんやりと涼しく感じられるほどの時間帯だった。

 審議に先だって、まず議会の席順が改められた。
 これまでずっと貴族たちの背後で傍聴していただけの白く長い衣を着た一団が、しずしずと前に出てきて場を占める。これが法務部からきた審議官たちだった。
 真ん中がガマガエルの顔をしたご老人。その左右にそれぞれヤギの顔をして初老の男とにわとりの顔をした男が座る。
 人間としての形質が薄いことは、それだけ大貴族の家門の出身者でないことを意味する。
 法務部の人事は家門の優劣よりも、どちらかと言えば本人の資質をしっかりとかんがみて集められている──と、インテス様が待ち時間の間に教えてくださった。

 審議官三名が上座に座り、皇太子アーシノスはその脇の最も高い位置に座る形になる。
 インテス様一行はそれと向かい合い、審議官から見て右手に位置を占めた。座るのは上座からインテス様、セネクス師匠、そしてシディだ。レオとラシェルタ、ティガリエはそれぞれ背後に立っている。ほかの貴族らも基本的には同様で、護衛の武官や補佐の文官らを従えているのが普通だ。

 審議とは言ったが、これは実質「裁判」と呼んで差しつかえないものだった。つまり前方の三名は裁判官のような立場だ。かれらもそれぞれ、後ろに補佐らしい文官を立たせている。
 裁判官にしては何も手にもっていないんだなと思っていたら、その補佐官が低く呪文を唱えはじめた。と、空中に巻物が出現して、すとんと裁判官の手におさまる。

(あっ。なるほど……)

 大量の証拠品や文書は、こうやって必要なときに補佐官が魔法で呼び出すという方法をとるらしい。
 審議官たちはまず立ち上がってそれぞれに自己紹介をした。その後、皇太子とインテス様に丁寧に頭を下げてから着座する。

「審議に入るまえに、あらかじめ皆様にお伝えしておくことがございます。こちらの広間はただいまより《無音の壁》にて包まれることとなります。疑義が正しかった場合を除き、ここで話されたこと、公開された証拠などもすべて秘匿されねばなりませぬ。皆様には決して口外なさらぬよう、まずは《秘匿の誓いの書》へご署名をお願いいたします」

 ガマガエルの裁判官は低音の、なかなかおごそかな美声を持っていた。その声で朗々と宣言されると、大貴族の面々もぴたりと私語をやめて黙りこんでしまう。そういう不思議な迫力のある声だった。これは、なかなかの人物であるようだ。

「さて。今回、第五皇子インテグリータス殿下からご提出されました疑義についてあらためまして発表いたします」

 ガマガエルがすっと目線だけで合図すると、隣のヤギ裁判官がうなずき、補佐官から巻物を受けとってしずかに開いた。

「長らく病のとこにおつきになり、このところ意識不明のご容態となられている皇帝陛下のご病状に関する疑義について。以下の通り御前会議にてご審議をおん願い奉る──」

 ヤギ裁判官の声はうってかわってか細く甲高く聞こえたが、これはこれで大広間の隅までよく通る声だった。

「ふん。なにを言い出すかと思えば」

 期待通りというべきか、それを嘲るように遮ったのは皇太子だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

処理中です...