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第十四章 審議
6 御前会議
しおりを挟む御前会議は皇城内の外宮にある、御前会議に使用される大広間にて行われることになっている。
シディはその日の朝、緊張しながら身支度を整えた。
皇城へは、セネクス翁による空間転移魔法《跳躍》を使うことになっている。ここまで帝都の隅の隠れ家にいたインテス様以下の武官や魔導士たちは、ここでセネクス翁を迎え、あらためて《跳躍》によって皇城のそばまで飛ぶことになっていた。
「さて。準備はすべて整った。みなも準備はよいか」
同行することが決まっているシディ、ティガリエ、ラシェルタ、レオほかの側近たちを前に、皇族としての正装に身を包んだインテス様がにこりと笑う。みなはそれぞれの面持ちで頷き返した。ティガリエは常の無骨な無表情で。ラシェルタは思考の読めない柔らかな自然体で。そしてレオは例によってにやにやと余裕の笑みで。
今日はシディも、いつもはめったに袖を通さない正装に身を包んでいる。いやが上にも緊張がせりあがってきて、なんだか喉がつまったみたいになった。
「まあ、あまり硬くならぬことよ」
ほほほ、と笑いながらセネクス様がシディの肩に手を置いてくださる。
「我らにできる準備はすべて行った。あとは本番に挑むのみ」
「おおよ。ま、いざとなりゃひとっ飛びで魔塔に帰ることもできるこったしな」
首の脇をばりばり掻いてみたりしながらレオが応じた。
実際、シディにはすべてのことが知らされているわけではない。インテス様とセネクス翁たちは協力して、ここしばらく様々な情報収集をするとともに、ありとあらゆる水面下の活動を続けてきたのだ。
「ともあれ、参ろう。皇太子とサクライエが痺れを切らしているだろうしな」
「はいっ」
インテス様が目配せをすると、セネクス様が軽く片腕をふった。足もとに、今となってはすでに見慣れた丸く光る複雑な魔法陣が現れる。
と思ったら、周囲が光の柱に包まれてふわりと一瞬、身体が浮いた。
◆
皇城の入り口には通常どおりの衛兵らが詰めていたが、インテス様の顔を見た途端に深く敬礼をして道をあけた。最悪の場合はこの時点から足止めを食わされる可能性もあったのだが、これはどうやら杞憂だったらしい。すでにかなりの数の貴族たちがインテス様側に傾いていることが功を奏しているのかもしれなかった。
シディはほっとしながら、インテス様のあとについて大廊下を歩いていった。インテス様もセネクス師匠もレオもラシェルタもティガリエもさすがなもので、みんな落ち着いたものだ。おどおどと不安そうにしているのはシディひとり。
情けない気持ちにもなるけれど、そこは許してほしいという気になってしまう。なにしろ自分はただの庶民出身だ。いくら《半身》と言われたって、その辺の身分や意識が変わるわけでもないのだから。
大広間の手前で、インテス様以外のみなは持ち物の調べを受け、剣などの武器はそこに預けることになった。
身軽になったところで、入口を管轄する文官から入室する人数制限を言い渡される。ここで最終的にインテス様とシディ、セネクス翁、レオとティガリエ、ラシェルタの六名になった。
大扉が開かれると、すでにその場には御前会議を構成する貴族たちが雁首をそろえていた。いずれもそれぞれの地方を管轄する大貴族たちばかりだ。居並ぶ貴族たちは多くが純粋な人間であるように見えた。それもそうだろう。皇子たちの妃を輩出する家門として、ある程度人間のままの者の血筋を残しておく必要があるからだ。
最も上座にあたる位置にはでっぷりと太った体を正装に包んだ皇太子がどっしりと座りこんでいる。インテス様からすると十ほどは年上の男は、ひどくいやな視線でインテス様をじろじろとねめつけていた。
(うっ……)
まず襲ってきたのは、前にも感じた悪臭だった。
この悪臭はいったい何か。何かが腐ったような、さまざまな香木の匂いがまざりすぎてわけがわからなくなったような──とにかく、敏感なシディの鼻には拷問にも思えるような悪臭の攻撃が早速はじまったわけだ。
思わず鼻をつまみたくなる衝動をぐっとおさえ、シディはおとなしくインテス様のあとについて、係の文官に案内された席についた。
とある大貴族の男がまず口を開き「それでは、みなさまお揃いのようですので始めさせていただきまする。既定の順番に即しまして本日の議長を務めまする某でございまする」等々と申し述べ、議会が始まった。
早速議題に進むのかと思いきや、会議はまず他の国内政務、国外対策などの議題から始まった。シディはまずそのことに驚いた。会議はそうして基本的にのんびりと進められていったが、その内容について、シディにはほとんど理解できなかった。
しかし。
(なんなんだ……? これは)
驚いたのは、貴族らのやる気のなさである。国内外の重大な議題を扱っているのだろうに、どれもこれも面倒臭そうな顔を並べ、中にはよだれを垂らしてこくりこくりと居眠りをしている爺いまでいる。信じられない光景だった。
インテス様はそれらを冷ややかに見ておられるだけで、特に議論に口を差しはさむご様子はなかった。というか基本的に、この場で第五皇子が発言する権限はないのだそうだ。飽くまでも今回は、提出した疑義について呼ばれた参考人という立場なのである。
皇太子はというと、この場では意識不明となっている皇帝の代理という立場でありながら、「これでよろしゅうございますかな、殿下」という臣下の問に「うむ。よきにはからえ」と言うのみ。内政に関してはなんの興味もないらしく、大した意見がある様子もない。
(腐りきってる……)
こんな方法で、日々この国の政治が決まっていっているというのか。
インテス様が「このままではまずい」と思っておられるのも当然のことだと思われた。
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