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第十四章 審議
5 暗い炎
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第五皇子インテグリータスがある程度育ったころ、あの母子が乗った馬車が事故に遭った。母親である妃はそこで即死。インテグリータスも重大な怪我を負ったが、優秀な治癒師が命を救った。
あのころ、自分はたまたま眠れなかったかどうかして、夜分遅くに母の寝所の近くまで行ったことがある。
「まったく、余計なことをしてくれたわ」
聞こえてきたのは苛立った母の低い声だった。ひそひそと密談している相手まではよくわからなかったが、話の内容は聞こえた。その意味が理解できたのはずいぶんあとになってからのことだったが。
あの後、第五皇子の母親が事故死したことと、インテグリータスが瀕死の状態から救われたことを知ったのだ。
おそらくあの馬車の事故には母が関わっている。裏で糸を引いたのだろう、と長じてから思い至った。
後年になって自分自身「どうしてあの時きっちりと彼奴を殺しておいてくれなかったのか」とうらめしく思ったものだ。
インテグリータスは長じるにつれてさらに美しく逞しくなり、民心は大いに彼に集まるようになっていったから。肝心の貴族連中の中にもあの第五皇子に心酔し、「次の世はぜひともあの皇子に」と考える者が増えてきている。
せっかく皇太子としての身分が固まっても、これではおちおち眠ってもいられない。
あの弟の側近を懐柔したり脅したりして味方に引き入れ、食事や飲み物に毒を盛ったのも一度や二度のことではなかった。
しかしあの皇子はなかなかに強かだったのだ。最初の危機を生き延びると、食事のときには必ず毒見役を置くようになった。
毒がだめなら事故だ。前回のように馬や馬車に細工をしてみたり、出先で頭上から重いものが落ちるようにさせてみたり、夜に暗殺者に襲わせてみたり。とにかくありとあらゆる暗殺を試みた。
しかしそれらもすべて排除された。
インテグリータスは成長するに従って着実に自分の味方を増やしていった。傭兵あがりの千騎長レオに、魔塔の最高位魔導士セネクスはその筆頭だろう。かれらはインテグリータス自身の為人に惚れこみ、命も惜しまずに彼に仕えていると聞く。
……そのような者は、自分にはいない。
そう考えると、夜、眠れなくなるほど狂おしく、醜い炎が我が胸を焼いた。
それが羨望だなどと認める気はない。悔しくて悔しくてたまらないだけだ。
「余が、余こそがこの帝国の跡継ぎであるというのに……!」
それを認めたのはほかならなぬ皇帝、あの父だ。それをひっくり返そうなどとは不届き千万。あの者たちこそ、この帝国の基盤を覆そうとたくらむ大悪人どもではないか!
だというのに。
「皇太子殿下! 大変でございます!」
侍従が転がるようにやってきて告げた危急の報せは、胸が悪くなるようなものだった。
「御前会議が招集されましてございまする。そ、その……第五皇子殿下の求めにより、陛下のご容態に関する疑義あり、とのことで──」
(あの野郎っ……!)
皇太子らしからぬ暴言が頭の中で踊り狂う。
たかが妾腹の分際で、この余を脅そうとたくらむか。
おそらくはヴルぺスとダチョウの神官を手中にしたことで気が大きくなっているのであろう。
しかし皇帝は意識不明。自分がひそかに皇帝に薬を盛っていたという直接的な証拠はないはずだ。状況証拠だけでは皇族を罪に問うことは非常に難しいはず。
(負けぬ。この程度では決して……!)
そばにあった書見台を蹴り倒す。がちゃん、ばきんと激しい音を立ててそれらを蹴り潰し、撒き散らした。
必ず目にものを見せてくれる。
絶対に絶対に、許すものか。
そして今度こそ、あのお美しい第五皇子の顔をめちゃくちゃに潰してやるのだ……!
あのころ、自分はたまたま眠れなかったかどうかして、夜分遅くに母の寝所の近くまで行ったことがある。
「まったく、余計なことをしてくれたわ」
聞こえてきたのは苛立った母の低い声だった。ひそひそと密談している相手まではよくわからなかったが、話の内容は聞こえた。その意味が理解できたのはずいぶんあとになってからのことだったが。
あの後、第五皇子の母親が事故死したことと、インテグリータスが瀕死の状態から救われたことを知ったのだ。
おそらくあの馬車の事故には母が関わっている。裏で糸を引いたのだろう、と長じてから思い至った。
後年になって自分自身「どうしてあの時きっちりと彼奴を殺しておいてくれなかったのか」とうらめしく思ったものだ。
インテグリータスは長じるにつれてさらに美しく逞しくなり、民心は大いに彼に集まるようになっていったから。肝心の貴族連中の中にもあの第五皇子に心酔し、「次の世はぜひともあの皇子に」と考える者が増えてきている。
せっかく皇太子としての身分が固まっても、これではおちおち眠ってもいられない。
あの弟の側近を懐柔したり脅したりして味方に引き入れ、食事や飲み物に毒を盛ったのも一度や二度のことではなかった。
しかしあの皇子はなかなかに強かだったのだ。最初の危機を生き延びると、食事のときには必ず毒見役を置くようになった。
毒がだめなら事故だ。前回のように馬や馬車に細工をしてみたり、出先で頭上から重いものが落ちるようにさせてみたり、夜に暗殺者に襲わせてみたり。とにかくありとあらゆる暗殺を試みた。
しかしそれらもすべて排除された。
インテグリータスは成長するに従って着実に自分の味方を増やしていった。傭兵あがりの千騎長レオに、魔塔の最高位魔導士セネクスはその筆頭だろう。かれらはインテグリータス自身の為人に惚れこみ、命も惜しまずに彼に仕えていると聞く。
……そのような者は、自分にはいない。
そう考えると、夜、眠れなくなるほど狂おしく、醜い炎が我が胸を焼いた。
それが羨望だなどと認める気はない。悔しくて悔しくてたまらないだけだ。
「余が、余こそがこの帝国の跡継ぎであるというのに……!」
それを認めたのはほかならなぬ皇帝、あの父だ。それをひっくり返そうなどとは不届き千万。あの者たちこそ、この帝国の基盤を覆そうとたくらむ大悪人どもではないか!
だというのに。
「皇太子殿下! 大変でございます!」
侍従が転がるようにやってきて告げた危急の報せは、胸が悪くなるようなものだった。
「御前会議が招集されましてございまする。そ、その……第五皇子殿下の求めにより、陛下のご容態に関する疑義あり、とのことで──」
(あの野郎っ……!)
皇太子らしからぬ暴言が頭の中で踊り狂う。
たかが妾腹の分際で、この余を脅そうとたくらむか。
おそらくはヴルぺスとダチョウの神官を手中にしたことで気が大きくなっているのであろう。
しかし皇帝は意識不明。自分がひそかに皇帝に薬を盛っていたという直接的な証拠はないはずだ。状況証拠だけでは皇族を罪に問うことは非常に難しいはず。
(負けぬ。この程度では決して……!)
そばにあった書見台を蹴り倒す。がちゃん、ばきんと激しい音を立ててそれらを蹴り潰し、撒き散らした。
必ず目にものを見せてくれる。
絶対に絶対に、許すものか。
そして今度こそ、あのお美しい第五皇子の顔をめちゃくちゃに潰してやるのだ……!
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