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第十四章 審議
3 スピリタス神殿
しおりを挟む3 スピリタス神殿
「なんということだ。むざむざとあのような者らに捕まりおって──」
床をひきずる豪奢な僧衣とマントの裾が、さりさりと乾いた音をたてる。豊かな袖の端から枯れ木のような手の甲がのぞき、指が組み合わされてみたり揉み合わされたりしている。手の持ち主は、落ちつきなくうろうろと広い居室を歩きまわる。
「なにゆえあの者に任せた。シィミオ」
「は。まこと申し訳もなきことにござりまする、猊下」
茶色いしわだらけの顔をしたサルの老人が、長衣を床にひろげてべちゃりと平伏した。背後にいた巨体のゴリラの男も同様である。だがこちらは平伏したつもりでもずいぶんと高さがあった。みっしりと身体を覆った筋肉のためなのか、はたまた体の硬さゆえかはわからないが。
最高位神官サクライエはそれらに冷ややかな一瞥を与えると、すぐに目線を外して窓外を見下ろした。眼下に広がるのは広大な神殿の敷地である。
六つの高い塔を擁するスピリタス教の本拠地は、帝都の中心部からやや北側の広大な地所を占めている。全体は巨大な円形をなしており、周囲を針のような五つの尖塔が囲んでいる。それぞれ風の精霊ヴェントス、火のイグニス、水のアクア、土のソロ、金のメタリクムを象徴する建造物であり、それぞれを象徴する色に塗り分けられている。
中央の尖塔はひときわ高く大きくて、白くつややかな光沢を放つ壁面が陽光を跳ね返す。設計者は光の演出にもじゅうぶんに気を配ったらしく、特に日の出、日の入りの時間にはこの世のものとも思えない荘厳な雰囲気に包まれる場所でもある。
台座にあたる円形の地所はうっすらとゆるやかな円錐を描いており、その高さはそのまま住まう者の身分を表していた。
すなわち最も高い場所がサクライエの住居。そこから高位神官、中位、下位と次第にくだっていき、もっとも裾にあたる場所が寄進物の受付所だ。
寄進にきた信者らはそこへ、それぞれ思い思いの捧げものを持って神への祈りを捧げにくる。下級神官らが手分けしてそれらを受け取り、価値に応じて祈祷の程度を決め、「寄進札」とよばれる札を渡して奥の祈祷所にいる神官へと引き継ぐ。寄進物がよいものであればあるほど、より「効き目のいい」祈祷所へ通されるという寸法だ。
もちろん遠方から巡礼にくる者たちには新鮮な寄進物は持ってこられない。生ものは途中で腐ってしまうばかりだし、牛や馬などを生きたまま引いてこられるのは余裕のある商人ぐらいだからだ。したがって、周囲には寄進物を売る雑多な商店がごちゃごちゃと布ばりの露店を並べて商売をしている。
寄進はもちろん生ものでなくてもいい。貴金属やら宝玉、金銭でももちろん構わないということになっている。まあそうしたものが寄進できるのは羽振りのいい大聖人や貴族連中ぐらいだけれども。
そうやって国じゅうから集まってきた大量の寄進物を吸い上げ、蒸留してもなおあまりある豊かな物資を、この高位階に住む神官らはらくらくと日々享受している。
いつもならそれを思ってほくそ笑む頬を我慢するのにひと苦労するところなのだが、本日のサクライエはそういう気分にはなれなかった。なにしろ大きな気がかりがある。
「もう一度訊く。ストルティはまちがいなく彼奴らの手に落ちたのだな?」
「は、左様にござりまする。まこと面目次第もなきことで──」
「なにか手はないのか」
まだなにか言いかけていたサルの老人の言葉を、サクライエは鋭く遮った。
「このままでは重要な証拠がいくつもあちらへ垂れ流しぞ。あれも高位神官ではあるが、イタチのじじいの魔力には遠く及ばぬ。いずれげろげろとすべて自白させられてしまうは必至」
シィミオとアクレアトゥスは相変わらず床に額をこすりつけたまま沈黙している。
「これでは、いかに我が手中にした貴族どもが多くとも、無罪を勝ち取れる目はない……いったいどうするつもりなのじゃっ!」
それでも返ってくるのは沈黙ばかり。
(ええい! この役立たずどもめらが)
サクライエは奥歯をきりきり鳴らしながら下界を睨みつけた。その目には、自分たちの小さな幸せを願うため、やっとのことで持ってきたのであろう寄進物をささげている貧しい身なりの民の姿は塵芥ほどにも入っていない。
すでにあの第五皇子は貴族会議の場での裁判を申請したという報告が入っている。それが三日前のことだ。このままなんの手も打たずにいれば、こちらは破滅が待っているばかり。
(穢れた邪教の徒めらが。忌々しい……ッ!)
自分があのような邪教の徒に負けるはずがない。そんなことがあってはならないのだ、決して。
この世には穢れなき五柱の精霊様がおわす。それだけでじゅうぶんなはずだ。
なぜその上に、白やら黒やらいうわけのわからぬ神が必要なのか。あのようなもの、あのような信仰はすべて邪なるものに穢されているのだ。
(負けられぬ。我ら輝くスピリタス教の徒が、彼奴らに負けるなど決してあってはならぬのだ……!)
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