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第十三章 雌伏
12 ヴルペス
しおりを挟む「こちらもそろそろ、最後の詰めに入るところじゃ。皇帝に薬を盛った者の痕跡を辿り、遂に皇太子の側近までは辿りついたぞよ」
「ほ、ほんとうですかっ?」
ガタッとシディは立ち上がった。
「いかにも」と笑って、セネクス様は複数の《目》と《耳》を取り出すと、そこに記録されていた数々の映像を空中に映し出して見せてくださった。本来はもっともっと長い記録だったはずだが、これは必要な部分だけにしてあるらしく、さほど冗長なものではない。
シディが忍び込んだ皇帝の寝室で、皇帝に供されている飲み物や食事。それらを運んでくる女官や侍従たち。面白いのは、かれらの動きが普通とは逆に流れていくことだった。
みんな後ろ向きに歩いている。飲み物や食事が他の下働きの者から受け渡された場面、さらに厨房の場面。
そうして、最も大事な場面がやってくる。料理に謎の粉を少量だけ、そっと混ぜ込む獣人の姿だ。どうやらネズミの形質のよく出た男に見える。それが人目を忍んでそっと皇宮に入ってくる場面になり、街中を歩く場面になり、あのとき辿り着いた小さな家の扉になった。
それは昨日、精霊たちの助けを借りながらシディが鼻で嗅ぎ分けた流れと大体一致するようだった。
インテス様がそっと言葉を挟む。
「もう言ったとおり、このネズミの男はすでに死亡している」
「は、はい」
「実はすでに、埋められていた死体も確認した」
「うっ……。そうなんですか」
「ああ。そして、この男に薬を渡していたと思われるのが、こやつだ」
つぎに映像に現れた人物は、夜分にマントのフードで顔を隠して足早に移動していた。いちいち周囲を見回しながら、ずっと建物の影から影へと選んで歩いている。明らかに怪しい行動だ。ただどんなに深い闇の中にいても、セネクス翁の優秀な《目》と《耳》がごまかされることはない。
人影はやがて、とある林の中で別の人物になにかを受け渡す。
そうやってずっとたどっていく中には、この陰謀とはまったく関係のない人物も多数含まれていた。単純に「ご主人様のお使い」として、手紙などほかのものと一緒に運んでいる下働きの者が一定数まざっているのである。それは通常の動きとして白昼堂々と行われているわけだ。なかなか周到である。
その長い長い行程の果てにとうとうたどりついたのが、皇太子の側近であるとある男の家だったという。男は皇太子づきとしては最古参であるらしい。
そこで一旦映像を止めて、セネクスさまがその側近を指さした。キツネの形質が色濃く出た老人だった。非常に温和な表情で、常ににこにこと笑っているように見えるのだが、その実、目はちっとも笑っていないという印象がある。なにを考えているのかわからぬ不気味な人物に見えた。
「まずはこやつを抑える。名はヴルペス。記録に出てきた人物のうち、すでに口封じのために消されている者が三分の一ほどおるが、それ以外はなるべく確保じゃ」
「はい」
「おおっぴらには動けぬゆえ、手分けする。敵に気づかれぬためにはほとんど時間はかけられぬ。敵が、我らがまだ魔塔におると考えているうちが最良の機会というもの。ひと晩ですべての証人を集めきる」
「了解です」
そうして面々はそれぞれの持ち場と担当する証人を確認し、手早く決めると、それぞれに隠れ家から抜け出ていった。
人手も足りないため、今回はシディもインテス様とともに動くことになっている。もちろんティガリエが同行する。今回もセネクス翁とラシェルタがついてくることになった。
「なにしろ、殿下とオブシディアン様ですからのう。こちらの頭が獲られては本末転倒と申すものゆえ」というのが、セネクス様の主張だった。これにはティガリエとラシェルタも一も二もなく賛成のようだった。
狙いはもちろんキツネの老人ヴルペスだ。
一同はしっかりと《隠遁》の魔法をかけると、セネクス様による《跳躍》の魔法により、あっというまに皇太子宮へと飛んだ。
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