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第十三章 雌伏
11 間諜
しおりを挟む「心配いらない。本当にそなたに無理などさせないから」
インテス様はそう言って、シディと一緒に湯舟に入ってこられた。
食事をしている間にだいぶ冷めてしまっていたようだったが、インテス様はわずかな呪文を唱えただけで《アクア》と《イグニス》の魔法を使い、湯を適度な温度にまで戻したようだった。
「ポテスタス・オブ・イグニス、ダーレ・メ・クエーゾ……」
久しぶりに聞く呪文だった。これで「イグニス」のところを「アクア」に変えれば、水の精霊による魔法が使える。
この世界の常識として、たとえ呪文の世話になったとしても純粋な人間はあまり強力な魔法を使うことができないものなのだが、そこはさすが《救国の半身》といったところか。インテス様はピュア・ユーマーノの中ではとびきり有能な魔法使いでもあると言えるだろう。
そんなこんなで、結局シディはインテス様と同様生まれたままの姿になって、後ろから抱かれるような格好で湯につかった。
インテス様の手が、石鹸をつけた海綿でやさしくシディの身体をぬぐってくれている。
(ああ……。いい気持ち)
一気に緊張も解けて、お腹もふくれてこんなに気持ちがいいと、急に眠気が襲ってくる。
気を抜くとついこくりこくりと舟を漕ぎはじめてしまい、ハッとして目を瞬かせるのだったが、またすぐに視界がふわふわと蕩けていく。
インテス様の優しい手が髪を洗ってくださり、きれいになった頬や首にときどき口づけが落とされているのもわかっていたけれど、シディの意識はどんどん遠のきそうになる。
幸せだ。
こんな時だというのに、こんなことでいいのだろうか。
いや、ダメだ。ちゃんと起きていなくては──
「いいんだよ、シディ。そなたは疲れているのだから。ゆっくり眠っておいで」
「う……。でも、インテス、さまあ……」
「いいから。おやすみ」
そこまでだった。
シディの意識はふっと途切れて、そのまま安らかな眠りの底へと沈んでいった。
◇
「はっ。し、しまった……!」
目を覚ましたときには、もう夜になっていた。
寝台から慌てて飛び起きて周囲を見回すが、だれもいない。耳をすますと、居間の方から人声がする。シディは慌てて身支度を整えると、部屋を飛び出した。扉の前にいたティガリエが、いつものように足音もたてずについてくる。
「すっ、すみません! オレ、寝ちゃって──」
「なんだ、シディ。もっと寝ていていいんだぞ」
居間で卓を囲み、地図を広げていた一同がこちらを見た。インテス様とセネクス翁、ラシェルタ、ほかの魔導士と兵士たち数名だ。
ティガリエが素早く動いて、水差しから水を汲んで持ってきてくれる。ラシェルタが厨房の方からちょっとした食事まで持ってきてくれた。「そのまま食べながら聞いていてくれ」とインテス様に言われ、おとなしく卓の隅に座らせてもらう。
「レオからの報告によれば、あれ以降も魔塔への攻撃は数日おいては断続的に繰り返されている。こちらの魔導士には大した被害はないそうだ。マルガリテ女史はよくやってくれている」
神殿の魔導士たちは、セネクス翁とインテス様がまだ魔塔にいると思っているはずだ。魔塔の中では、他人の姿になりかわる《変貌》の魔法が得意な者たちがおり、万が一、魔塔内に間諜がまぎれこんでいた場合に備えてセネクス翁やインテス様の姿になってくれている者もいるらしい。
先日はその者を狙って急に攻撃を仕掛けてきた暗殺者もいたらしく、なかなか事態は緊迫してきているようである。
ただそれを報告してくるのがあのレオであるため、いまひとつ緊迫感には欠けるようだったが。
『暗殺者はもちろんとっつかまえた。殺しちゃいねえ。あれも大事な証人になるかんな』
などと、のんびりした報告が来たらしい。いかにもレオらしい話だった。
口封じされる危険性もあるため、厳重に魔塔の奥深くに監禁したうえ、監視の目を光らせているそうだ。
が、それを聞いたシディはとても落ち着いてなどいられなかった。
「あ、暗殺って……! そんな」
「なあに。心配は要らぬ。何度も言うがの、シディ。こちらのほうがあちらよりも魔導士としての格は上なのじゃ。《白》と《黒》の神を否定する限り、彼奴らに我らを上回る力は出せぬ。……かと言うて、油断するつもりもさらさらないがの」
例によって可愛らしいイタチの顔をなごませて、セネクス様はほっほっほ、とお笑いになった。
「こちらもそろそろ、最後の詰めに入るところじゃ。皇帝に薬を盛った者の痕跡を辿り、遂に皇太子の側近までは辿りついたぞよ」
「ほ、ほんとうですかっ?」
ガタッとシディは立ち上がった。
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