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第十三章 雌伏
10 休息
しおりを挟む「シディ! ずいぶん遅かったじゃないか。心配したぞ」
隠れ家で出迎えてくださったインテス様の第一声は予想通りのものだった。他の者への労いも忘れないのはさすがではあるけれど、そこからはすぐに抱きしめられて奥の部屋へ引きずりこまれるのは困ってしまう。
「いや、あのっ、あの、インテスさまっ……?」
「さあ、そなたも疲れたであろう。まずは休まねば。先に食事かな? もちろん皆もな」
「は。ありがとう存じます。お休みなさいませ」
これから日が高くなる時間帯とはいえ、みな疲れているのは事実だ。インテス様がみんなに「まずは休むがいい」と言うのは、至極妥当なことだった。待っていた人々に報告すべきことは、すでに魔石や《念話》を使った通信で終了している。
そう納得して、シディはインテス様に肩を抱かれたまま大人しく寝室にひきずられていった。
◇
部屋に入ると、ふわんと温かな食事と湯のにおいに包まれた。見れば、寝室の隣の小部屋に大きな桶が置かれてあり、そこに湯が張られている。
「疲れているだろう? まずは食事をして、それから湯を使おう。離宮のような湯殿までは準備できぬが、今はこれで我慢してくれ」
言いながら手慣れた様子でシディの衣類をひょいひょい脱がせ、楽な状態にさせてから食卓にいざなわれた。
「腹が減っているだろう」と言われると急に腹が減った気になるのは不思議だ。これまで緊張していてそれどころではなかったのが、急にその緊張から解かれるからなのだろうとは思うけれど。
というわけでそこからは、にこにこしているインテス様に見つめられながらの食事となった。こちらも離宮での豊かな食事内容とはいかないけれど、もともとずっと酷い環境に暮らしていたシディにしてみれば十分に天国だ。
簡素な塩味だけをつけられた肉と麦パンなどを、スープと一緒に腹に詰め込んでいきながらも、シディはインテス様からさらに詳しいことを聞きたいと思った。
「こちらの作戦も、おおむね順調かな」
「そうなんですね」
「ああ。中途半端な態度をとってきている貴族連中の邸宅に《隠遁》と《飛翔》を使って忍び込み、直談判を繰り返してみたが。感触は悪くない。……まあ、それも皇太子の反逆の証拠がしっかり集まればという話にすぎないがな」
「そうですか……」
そちらはきっと大丈夫だ。ここまでの感じなら、証拠も証人も十分集められるに違いない。
「えっと、神殿のほうはどうなんでしょう」
そう訊ねたら、インテス様は少し難しい顔になった。
「そちらはどうもな。皇太子とつるんで皇帝の暗殺に関わったという確かな証拠は、今のところない。基本的には状況証拠ばかりだ。魔塔ほどではないとは言え、あちらも優秀な魔導士が多いからな。証拠の隠滅はお手の物だし」
「そうなんですね」
ではまだまだ安心はできない。
もしも皇太子を反逆の廉でその立場から追い落とせたとしても、第五皇子のインテス様に皇位継承が回ってくるという保証はない。病弱だったり人望がなかったりするとはいえ、それでも第二から第四皇子の存在は重要だ。それぞれに肩をもっている有力貴族たちの存在もある。
あの神殿が横槍を入れてくるのは目に見えているし、たとえどうにか皇位についたとしても、神殿がずっと目の上のたんこぶ状態になるのは明らかだ。なにしろ「白と黒の神など認めぬ。あれは邪教よ」と言い切っている連中なのだから。
神殿での信仰にすがっている人々のことを思えば滅ぼすのは得策ではないにしても、もう少し政治的な権力は削いでおきたい。それがインテス様側の一同の意見だった。
シディはもっていた匙を置き、唇を噛んだ。
「オレがもっともっとお手伝いできたらいいんですけど──」
「なにを言う。シディは十分にやってくれている。その優秀な鼻のお陰で、今回はたくさんの事実が判明した。直接の下手人そのものは消されたらしいが、これは予想の範疇だったしな。それでもまだ痕跡はたどれる。必ず皇太子につながる証人と証拠をつかんでみせるさ」
「はい」
「さて。食事が終わったなら入浴だな」
「……はい?」
ハッとしたときにはもう、インテス様ときたらシディの背後に回ってさらに衣服を脱がせ始めている。
「えっ。ちょ、ちょちょちょっと! インテス様……!」
「いいじゃないか。離宮ほどではないとはいえ、湯舟はこれだけの広さがあるのだし。一緒に入ろう」
「えっ。一緒に……!?」
「……ダメなのか?」
「あ、あううう……」
そんな、へしょっと垂れた犬の耳が見えるみたいな顔をして、そんな声で言われてしまったら。
シディに「それでもイヤです」なんて言い続ける気力はまったく残っていなかった。
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