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第十三章 雌伏
8 助力
しおりを挟む予定どおり、セネクス翁たちがほんのわずかに衛兵の気をそらしておく魔法を使ってくれている間に、シディは寝所の外へすべり出た。
「手がかりは」というセネクス翁の問いに、シディはこくりとうなずき返した。うむ、と翁が満足げにうなずいてくださる。
《して、この後は》
《予定どおり、もう少しにおいを辿りたいです。薄くなっていますけど、ここに薬を運んでいた人の足取りがわかりそうですから。少しでも手がかりをつかみたいですし》
《承知》
シディが寝所で何らかの気になるにおいを発見した場合、そのにおいを辿ってできれば下手人を明らかにする。それが今回の計画だった。もちろん時間には限りがある。長引けば長引くほど皇宮の者に気取られる危険は増すだろう。
四人は《隠遁》を使いながら、シディを先頭にそのまま速やかに移動を始めた。
あの奇妙な木の根と鉱物のようなにおいを辿る。
が、追跡は困難を極めた。独特なにおいではあるものの、それは廊下のあちこちへと迂回した上、しばしば濃くなったり薄くなったりした。それでもどうにか見失うことなく進んできたのだったが、遂にすっかりにおいが途切れる瞬間が来てしまった。
(ああ……)
シディは呆然と床を見つめた。
目を閉じ、必死でそこいらを嗅ぎまわる。ほんのわずかのにおいも見落とさないようにと念じながら。
だが、どうしてもそのにおいはその場所で途切れているようだった。
《やむを得ぬ。最初からうまくゆくなどとは思っておらぬよ。これ以上はもう危険じゃ。一度出直して──》
と、セネクス翁が慰めてくださりかかったときだった。
いきなり頭の中で声がした。
《コウブツノコトナラ、マズワタシニキカヌカ? クロイモノヨ》
《えっ。あっ……》
このいかにも気取った独特な声は──
《あのっ、《メタリクム》様っ?》
《イカニモ》
声は多少、ふてくされているようにも聞こえた。
自分たちの作戦に夢中で、かれら精霊の存在をすっかり忘れていた。精霊たちはあれからずっと、陰に陽に自分たちに協力してくれていたというのに!
《あのっ。もしかして《ヴェントス》様も──?》
考えてみればここまで誰にも気づかれなかったのも、風の精霊《ヴェントス》が風向きを操ってくれていたからかもしれない。そうやって自分たちのにおいを嗅ぎつけられないよう、守ってくださっていたに違いないのだ。
案の定、さらさらと笑いながら《ヴェントス》の明るい声が「ソウダヨー」と答えてくれる。こちらはさして気にしていない様子だ。
《スコシハワレラニモタヨレ、クロイノ。コノヨノコウブツノコトハ、スベテハアクシテオル。アマリジカンガナイノデアロウ?》
《あっ……あっ、お願いしますっっ!》
そんなもの、一も二もなく賛同するばかりだ。なんと有難いことか!
「ウム」と《メタリクム》が満足げに答えた。どうやら機嫌を直したらしい。
《ヨシ。デハコッチヘ。《ヴェントス》はニオイヲゾウフクシテヤルトヨイゾ》
《リョウカイ~》
というわけで今度は精霊たちの案内に従って、また四人はそろそろと歩を進めはじめた。
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